第118回 『マカオの五日間』

俺はいっぺん外に出て、家に帰って来たらポケットに入っているコインは全部、一円玉から五百円玉まで、広口の巨きなガラス瓶に入れると決めている。この貯金は延々十年も続けているのだが、泥棒がもし入ってもこの貯金箱だけはとても盗めないだろうと思うほど重くなっていた。
一杯になって、もう入らなくなったから開けて数えてみたら、ほとんど安手なテレビドラマの、殺人事件の原因になるほど溜まっていた。俺はちょっと大袈裟だけど、ウソつきじゃない。ホントの話だ。

すぐHISに女房に行ってもらって、マカオ行きの切符を二枚買って来てもらった。
夜の九時に成田を出発して、深夜にマカオに着くビバ・マカオの直行便だから、ホテルのヴェネチアンに入るのは夜中の一時半ごろだ。
この晩も勘定に入れて四泊五日で、出入国税も一切合切で一人94800円だから、自称プロギャンブラーの俺はウハウハなんだ。
飼い猫のウニを預かって貰う動物病院の費用と、それに看護婦さんへのお土産のチョコレートと、女房殿のスロットマシーン代もみんな貯金箱に溜まっていたコインで払って、自称元プロの俺のブラックジャック代まで出る。
俺は自称という肩書きが、とても気に入っている。他人が使うとバカにした響きが籠もるが、自分で名乗れば何とも言えず、控え目でユカシくさえあるんだ。
「ガンバレ、日本一。頑張れ、大丈夫」と、オバカテレビの前で大声を出した元大臣夫人、今未亡人の使った言葉と、俺が気に入っている自称とは対極に位置していると思う。
俺は、自称ノーベル文学賞候補作家で自称竿師、そして自称元プロギャンブラーだ。
誰か文句あっか?野田聖子だって、自称元総理総裁候補だぞ。泉ピン子も、自称元ミスユニバース候補と名乗っても、どこからも訴えられない。

しかし、HISは安い!ヴェネチアンのセミスイートも広くて安い!安いことはいいことだ。
それにビバ・マカオは、たった四時間で香港ではなくダイレクトにマカオに着いてくれる。
爺いにはもう乗り換えはツライ。それに、マカオ国際空港からホテルまでは、ほんの十五分くらいだ。
成田だったら、空港の中だけでそれくらい歩かせられる。
俺の泊まったヴェネチアンは、ホテルじゃなくてリゾートを名乗る巨大な建築物だ。
一階のカジノは端から端までが見渡せないほど広い。
女房殿が専門にしているスロットマシーンは6000台もある。大小やバカラ、それに俺の専門のブラックジャックのテーブルは、全部で1000卓あるというのだから、これはタマラ・プレスやドボチンスキー(多分みんな知らないだろうが、東京オリンピックの女子砲丸投げの選手と男子重量挙げの選手だ)のレベルではなくて、スーパーマンモスカジノだ。
俺とツレアイは、(自称だけじゃなくて、俺は妻や女房殿のことを、連れ合いと言うのも気に入っている)このエセ運河の中に浮かぶゴンドラで、イタリア人の若い船頭が朗々とオーソレミオを唱うホテルから、遂に一歩も外に出なかった。
四泊五日の間、日に二回ホテルの中にあるチャイニーズやイタリアンのレストランで食べ、これもホテル内にある劇場で“シルク・ド・ソレイユ”を見ただけで、あとは部屋で眠ったり(寝たのではなく、眠ったと誤解されないように、大きく書いておく。これは自称竿師の心得なのだ。今回はやたら括弧が多い)、ときには中島らもの小説を読んで、他の時間は全て、連れ合いはスロットマシーン、自称元プロギャンブラーはブラックジャックのテーブルにいた。
足掛け五日間ホテルから一歩も出なかったのは、新記録だろう。オリンピックなら金メダルで一生喰えるような快挙だ。ホームページだから、こんな常識外れの新記録が書ける。
連れ合いはカタギだと思っていたら、本性を現した。この女は現役のレッキとした勝負人(ショウブニン)だ。自称でも元でもない。10セントかせいぜい20セントのスロットマシーンで、1500ドルも勝ったんだから、ユニクロか民主党ほど強い。
原稿依頼がなくなったら、俺は躊躇なく連れ合いのヒモになる。竿師がヒモになるのは、技術担当役員がCEOになるようなことで、これは俺にとっては間違いなく出世なのだ。


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