第116回 『革命が終わって……』

この原稿は八月三十一日に書くはずだったのに、今は九月三日の午後三時半だ。
俺は老い耄れだから、暇だ。仕事が沢山あって、ズレ込んでしまったのではない。
俺が大嫌いな自民党と公明党が、八月三十日の衆院選で大惨敗したのが嬉しくて、いい歳をして飼い猫のウニと一緒にバンザイをしたり、喜びを噛み締めながら一人で一杯やったりしている間に、気が付いてみたら月が変わって三日になっていたのだ。
自民党と公明党の哀れなザマが見たいばっかりに、俺は普段は見ないオバカテレビと、それに朝日新聞まで暗記するほどマジマジと読んだ。
民主党が308議席も獲得して、自民党と公明党の大物がボロボロ落ちる。こんな気味のいい場面は、映画でも漫画でも俺は見たことがない。
小沢一郎は選挙の名人だというのだが、今回の大勝利で益々株が上がるのだろう。
俺は会ったこともなければ、見たこともない。「袖すり合うも他生の縁」と言うことわざが、小沢一郎の選挙術を聞く度に思い出される。
小沢一郎は民主党の新人候補に、「毎日五十回、街頭演説をして、合計一万回、選挙民と握手しろ」と教えるのだそうだ。演説の内容や、握手する時のマナーではなく、回数がキモらしい。
ちょっと聞くと、なんと程度が低い、なんて思ってしまうのだが、実はこれが票に直結するのだから不思議だ。
俺も一度でも口を利いたことがある人には、特別な想いがある。試合を観客席から見ただけの清原選手には、なんの想いもないが、
口を利いたことが一度でもあるイチローは好き嫌いとは別な想いがある。それは、何かの拍子ですぐ“好き”に変わる種類のものだ。
だから小沢一郎が教えたことは正しいのだが、しかしそれだけでは、なんとも薄っぺらい。
テレビタレントの握手会レベルで、国会議員が当選するのが、俺には情けなく哀しい。
余計なことを言うが、俺は、一度もあったことがない小沢一郎が好きではない。不気味で薄気味悪いのだ。

選挙区で落選した野田聖子や小池百合子が、比例区で復活するのが俺は不愉快だ。自公政権が崩壊したら、民主党政権は何よりもまず、比例代表制と裁判員制度を廃止しろ。
他の人の意見は訊いたことがないから分からないが、俺は比例代表と裁判員には、ただの反対ではなく、大反対だ。若い時だったら、一人でも、反対のデモ行進をやっていただろう。
見よう見真似で判事なんかやる奴は、オバカテレビを口を開けて見て、麻生太郎と握手して一緒に写真を撮るバカに決まっている。
ウチの一家は二人と一匹だけど、誰も判事の真似をしようなんて、そんな小学校の優等生みたいな奴はいない。カニカマが欲しいばかりに、ウチの女親分に胡麻を擂るウニでも、裁判員なんか絶対にやらない。

今回の民主党の大勝利は、民主党が支持を集めたんじゃなくて、自民党を政権から引きずり下ろす為の選択肢だった。それなのに民主党が、前回の郵政選挙の時に自民党がやったことと同じことをやったのが、俺は気に入らない。
まともな職に就いたことがない四十三歳の女の人を、女の参議院議員が比例区の名簿に名前を借りておいたら、なんと今回の大勝利で当選してしまった。
国会議員はブスでもバカでも、とにかく国民の幸せと安全を考える人に、なって欲しい。
アルバイトのオバさんに、名簿に載せることを勧めた参議院議員の婆ぁを、俺は軽蔑する。
こんな民主主義ってアリか?選挙事務所のアルバイトのオバさんだぞ。日本中が呆れた杉村太蔵のことを、民主党は忘れたとでも言うのか。このバカヤロ!
 
有権者が自分の一票で政治を変えられると、初めて自覚したのが、今回の選挙だ。だからこれは、ただの大勝利ではなく、ほとんど革命なのだ。
穏やかで大人しい日本人は、俺の知る限り、何があってもこれまで一度も怒ったことがなかった。
それが今回に限って、日本中がカンスケになって怒りを結集させた。

繰り返す。
小沢一郎の選挙術は成功したが、民主党が好かれたわけじゃ決してない。
自民党がトコトン嫌われて、憎まれたからだ。
国会議員になった四十三歳のオバさんは、オミソと名前を変えたらいい。プロ野球選手がよくやっているじゃないか。
俺は自分の哀しさを、身に染みてよく知っている。
俺は浅はかな大ウソつきの老い耄れだ。助平でケチンボの超肥満なハゲだ。
だから日本の政治家が、どいつもこいつも自分と同じレベルなのが分かって、これはもう、酒を呑んで酔っ払うしかない。


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