第110回 『価値観だけが問われている』

半月に一度ぐらい、朝日新聞を広げて見ると、あれこれいろんなことが書いてあるのにびっくりする。
俺は文字を読むのは早いほうだが、知りたいこと、本当のことは何も書いてない政治と社会面は飛ばしても、爺婆ばかりの投書欄や広告まで丹念に見ていくと、たっぷり一時間半は掛かる。朝日に限らず読売でも同じだ。
そして、ほのぼのとしたタッチや、ちょっといい話風の文章で埋め尽くされている。どんな出来事でも悲惨な事実を避けて、美談まがいの後味の好い話にすり替えるのだ。
たとえば強姦殺人でも、強姦という事実を無理やり避けて報じることが多い。なんの為に、こんなことを日本のマスコミはやるのか。強姦は目を背けるような犯罪だが、現実に起きているのだ。
殺人なら最低だと三年の懲役で済むが、強姦や強盗が付くと死刑まである重罪だから、マスコミは正確に報じる義務がある。
アメリカで起こった9.11事件(俺は敢えて『同時多発テロ』とは言わない)には謎が多いのに、大新聞に限らず日本のマスコミで、権力者の発表と異なる見解や疑問を唱えた所は、俺の知る限り一つもない。
朝日新聞の多彩な記事を全部読み終わると、なんとも言えず空しくなる。
キムチの漬け方から車の値切り方、薬の効用からガーデニングのコツまで、ありとあらゆるコトが書いてあるが、掘り下げたハードな記事は滅多にない。ソフトで人間愛が漂うタッチで書く教育を記者は受けているらしい。我慢してみんな読むと、俺は血液が全て偽善に汚染されてしまう。

何でもかんでも政府や権力者の言ったことをそのまま報じるのは、マスコミやジャーナリストという言葉に値しない。調べて、事実を伝えるという根本的な精神が、日本のマスコミには欠落している。
それなら大学を出た高い給料の記者なんか使わずに、中学生にテレコを持たせて、記者会見に行かせればそれで充分だ。記者クラブという仲良しクラブがあるのが、俺には信じられない。取材対象者とも他社の記者ともオトモダチになって、スクープが狙えるのか?
それにしても検察はなぜ二階某を逮捕しないのか、俺は知りたいのだが、それを語ってくれる新聞もテレビも日本にはない。仕方がないから、俺はインターネットを見る。他に情報の得ようがないからだ。
新聞は売れなくなり、テレビも見る人は隠居ばかりになる。 身から出た錆だ。日本の大新聞とオバカテレビは、怠慢と尊大が死期を早めた。
やっていた人間の価値観にも、大きな問題があった。大新聞の政治面と社会面は、権力のお先棒を担ぐか、後方支援ばかりだ。オバカテレビはそれに輪を掛けている。
こんなマスコミだから小泉純一郎は、「改革」の二文字を叫んだだけで、前回の衆院選で大勝した。森田健作も圧倒的な大差で、千葉県知事になった。
小泉純一郎や竹中小僧がノウノウとしていられるのも、全ては、日本のマスコミの価値観の異常に起因している。
何にでも寿命がある。自民党にも大相撲にも、読売ジャイアンツにもだ。オバカテレビと大新聞の汚辱の歴史は終わった。寿命はナベツネと共にとっくに尽きている。


目次へ戻る