第108回 『酔っ払いのベテランより』

俺の約七十二年間の人生は、その時点で出来たこと、という制約はあったが、やりたいことをやり続けたという想いがある。
制約は時と場合で、いろいろあった。

幼い頃はなぜか、美しくタワワに実った庭のビワを、“おなかを壊すから……”という、その当時はおろか古稀をとっくに過ぎた今でも、想い出すたびに納得の行きかねる理由で、母と長姉に、取って食べることを禁じられていた。
得意だった“お医者さんごっこ”も、これは固い御法度で、俺の天才的な才能はこの段階で芽を摘まれたと、我がことながら残念でならない。
けど俺は秘かに、アオキの実と八っ手の実を座薬に使い、赤土を防火用水の水で錬った塗り薬で、婦人科を主に、コレラや赤痢・疫痢まで見事に治していたのだ。親の固い禁止という制約があっても、国手と謳われた身としては、病気に苦しむ患者を放っておくわけにはいかなかった。
院長の俺は診察前に必ず、“克子チャンは看護婦”と、権威に満ちた命令を一番綺麗だった克子チャンに下して、それからクラスの女の子を、全員念入りに診察した。
二十五人もいた患者を、みんな治療してしまうと、院長先生は毎度必ず克子チャンの可愛いオデコに掌を当て熱を測り、出させた小さな舌をマジマジと見て、“あッ。看護婦も感染したッ”と、芝居がかった声で叫んだ。そうすると、それまでナイチンゲールみたいだった克子チャンも、“あら大変。治してください先生”と学芸会の時と同じ声で言って、色を何色も使って編んだ毛糸のパンツを脱いだのだ。

中学に入って、渋谷の場外馬券と府中の競馬場で、博打を覚えた。しかし、当時は中学の制服では馬券が買えない。女子供にまでテレビCMで競馬を勧めるのは、最近のことだ。俺が中学生の頃は胴元の競馬会もわきまえていて、女子供には博打を勧めなかったし、刑事も目を光らしていたものだ。
これも大変な制約だったから、俺はよく見ず知らずのオッサンに、馬券を買ってくれと頼んだ。金を持って逃げた爺いもいる。
似た顔をした代議士がテレビに映って、驚いた俺は持っていたコップを落としそうになるのだが、あの当時でもう爺いだったのだから、とっくに地獄に行った筈だ。代議士は世襲が多いから、テレビに映った悪党ヅラは多分、息子か孫で、盗み癖は遺伝するから、爺いの末裔は今でも国民の税金を盗んでいる。
その頃から俺は、酒も女も覚えた。
“呑む、打つ、買うの三拍子”と下世話で言うが、俺は順序が違った。三つとも大好きだったが、強いて順序をつければ俺の場合は“打つ、買う、呑む”だ。
懐に二千円あれば、なければ騙すか脅し取ってでも、まず博打をやり、勝てばよし負けても誰かからまた脅し取り騙し取って、女を抱き、余った金があれば、なくても同じプロセスで金を得て酒を呑む。
これでは社会のゴミか屑みたいなものだから、その罰で俺は古稀になっても、何の年金も貰えない。

三十四歳になるSMAPの草K剛が、酔っ払って公園で丸裸になって、なんと公然猥褻罪で逮捕されて、マスコミのさらし者になった。
これは事件なんかじゃなくて、失敗だ。酒飲みなら誰でも、似たようなことはやっている。
通報を受けてやって来た巡査に「裸でいて何が悪い。バーロ」かなんか言ったから、事件にされてマスコミの餌食にされたのだが、これも酔っ払いならみんな言いそうなことだ。

俺は、この若者が好きだ。社会には面倒だけどいろいろ制約があるんだから、呑んでも丸裸にはなるな。
ちょっと考えれば抜け道は、いくらでもある。こんな旨いものを、この程度の失敗で懲りて、やめるなんて言い出しては悔いを残す。やめるなんて言い出すなよ!
マリワナでもシャブでもない。草K剛のやったのは、酒屋で売っている税金の掛かった合法の酒なのだ。
誰が見ても酔っ払いそのものなのに、風邪薬と腰痛の薬が原因と、しょーもない言い訳した元大臣のほうが、比べものにもならないほど程度が悪い。
失敗は謝って、もうしないか捕まらない工夫を考えればそれでいい。


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