第97回 『陰謀説大好き人間』

俺が香港の九龍で北京ダックを食べていた時、サイパンから移送された三浦和義が、ロサンゼルスの留置場で死んだ。いきさつを書き始めると長くなるから止めておくが、この男とはいろいろ因縁がある。知らない男ではないということだ。
七十一歳になった俺が、平和で幸せに北京ダックを飽食していた時に、六十一歳の三浦和義はなぜ非業の死を遂げたのか。
俺は二十年前に、硬いこと特殊鋼の固まりみたいな女房殿を貰って、ヤバイこととは一切縁を切ったから、こうして老後を何とか安穏に過ごしていられる。面と向かって言うのはヅケ取りが過ぎるから、ここに感謝の気持ちをそっと書いておく。ヅケ取りというのは、偉い人に胡麻を擂る奴を言う。

俺はテレビと大新聞が自殺と報じた三浦和義の死を、今の段階では鵜呑みにはしない。本当ではないことを垂れ流すテレビと大新聞は、権力の狗か九官鳥だと思っている。
三浦和義は日本の裁判では、一美さん銃撃事件で無罪を勝ち取り、“ジェーン・ドウ88”の白石千鶴子事件では起訴すら免れた。しかし執念を燃やしたロス市警は、サイパンに遊びに来たところを、日本には無い“共謀罪”で逮捕したのだ。「一事不再理」の原則は、共謀罪には抵触しないというのがロス市警の理屈で、三浦和義はアメリカ人の怨念を見くびり過ぎて墓穴を掘った。
七ヶ月半サイパンで拘束されていた三浦和義は、突然それまで拒んでいたアメリカ本土への身柄移送を承諾して、サイパンからグァム・ハワイ経由ロサンゼルス行きの民間機で、ロス市警の白人刑事に護送される。
そしてロサンゼルスに着いた十日(現地時間)の夜、留置されていたロス市警の独房で、巡察の僅かな間にTシャツをベッドの枠に引っ掛けて自殺したのだ、とロス市警は発表した。
俺は十二日に香港から帰ったのだが、連休だったので頼りにしている“日刊ゲンダイ”も出ていないので、何も新しい事実は知らされていない。
俺は“週刊大衆”の連載コラムに、ひとつの可能性として他殺説を書いたのだが、クビを吊ったとされるTシャツも、現場の映像も公開されない時点で、もし金を賭けるのなら3対1でも自殺に張る。俺が3万円、相手が1万円出して、勝った方が4万円取るのが3対1の賭けだ。しぶとい三浦和義は、自殺するようなタマではないことを俺は良く知っているが、大事な金を賭けるのなら、3対1なら自殺の方に張る。
サイパンで閉じ込められている間、三浦和義は、“ロス市警がこれだけ強気なのは、もしかして共犯をパクって供述書を取ったんじゃないか”と、不安になったのに違いない。
日本の検察には割り出せなかったが、地元の警察なら“司法取引”という手もあるから、七ヶ月半で遂にさしもの元社長も不安に耐え切れなくなる。
 アメリカの裁判で共犯に出廷されて証言されたら、これは助かりようがない。よく七ヶ月半もこの不安に耐えた。俺だったら三ヶ月は持たなかっただろう。
ロサンゼルスに向かう飛行機の中で、元社長は護送したロス市警の刑事に、自分の不安を口にしたのに違いない。“そうさ。射殺した野郎と、それに運転していたチンピラの宣誓供述書はちゃんと取っているし、出廷させて証言もさせる”みたいなことを刑事が自慢げに答えたら、強靱な精神力を持つ三浦和義の心の張りだってプツンと切れるだろう。
もうひとつ、3対1の1の方は、週刊大衆を買って読んで欲しい。俺は陰謀説が大好きな人間なんだ。博突打ちは止めて二十年にもなるけどな。


目次へ戻る