第91回 『人殺しニッポン』

マンションの同じ階に住んでいた娘さんを、強姦しようと自分の部屋に連れ込んで、見つかりそうになったからバラバラにして、トイレに流した外道がいる。
捕まる前にイケシャーシャーと、テレビに映った画像を見たが、極く普通の何処にでもいそうな三十男だ。人殺しが商売の男とは、とても思えない。
俺はこれまで、自分の眼力だけを頼りに生きて来た。お陰で目つきは悪くなったが、他人様に命を取られることなく、無事に古稀を迎えたのだから、自分の眼力に自信を持っていた。

しかし、こんな銀行員か質屋の番頭みたいな男が残忍な人殺しをするのなら、俺はもう駄目だ。とても八十までは生きられそうもない。
刑事もまさか、こんな男が犯人だとは思わないから、犯行現場のマンションの部屋まで行ってもさして疑いもせず、勿論、任意同行もしなかったんだ。どうやら俺だけがボケて、眼力が落ちたわけではないらしい。
現代は、顔で見分けが付かない時代になったと俺は気が付いて、その怖ろしさに身の毛がよだつ。
可愛い顔をしているから、すっかり安心していた我が家の猫が、実はゴキブリもカマキリもガマ蛙まで、ムシャムシャ食べてゲップをしている「食肉猫」だと分かったら、とても一緒にシュークリームなんか食べて、暢気に暮らしては居られない。

なんで、あんなカタギが、口も利いたことのない娘さんを、あっさり殺してバラバラに出来るんだ。誰の目にもカタギとは見えない自民党の大臣や幹事長がやったのなら、「あ。なるほど、やりそうな面ではあるな」と、おぞましく顔を歪めるのだが、この犯人は何度も言うが極く普通の、何処にでもいる男なのだ。前科前歴があるわけでもない。
俺も以前は、若い男だったから、強姦までは分かる。しかし、なぜ殺してしまうのか。させて貰って有り難う、という気持ちがあって当たり前なのに、なぜ殺した挙げ句バラバラに粉砕してしまうのか。
バラバラにしてトイレに流すのは珍しいが、毎日、日本中いたる所で殺人事件が頻発している。殺されるのは娘さんだけではない。老いも若きも男も女も、オカマまで、見境なく殺される。
今ではオバカテレビの女アナウンサーだってきっと、普通に殺されたのでは眉も顰めないし、一週間も経つと事件そのものを忘れる。

なぜ、平和な日本人が、普通の殺され方では驚かないほど、人殺しに慣れてしまったのだろう。もしかすると、これが日本人の本性なのではないかと俺は思う。
つい六十年ほど前は、イラクの人やブッシュ大統領と同じで、ジハードと称する聖戦や、自由と民主主義を守る名目の戦争を、日本人も目を吊り上げてやっていたのを俺は知っている。
人を殺すことは、やってはいけないことだったという反省が全くされなかったから、日本人の末裔は矢鱈と人を殺すようになったのだと、俺は震えながら思っている。
自分の眼力が効かなくなったら、何を頼りに生きていったらいいのだろう。

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