第80回 『エリカ号!』

幹事と言うより、世話焼きという方がピッタリくる江波戸さんから、“新川崎駅に集まれ”と、メールが入った。
中学同窓の吉田博一さんが造った電気自動車に試乗してから、近所の蕎麦屋で酒を呑もうというんだ。

住友銀行の副頭取だった吉田さんは、今は慶応大学の教授をしていて、学生を指揮して“エリカ”という名の電気自動車を造ったのだそうだ。
七十歳にして、感電もしないで電気自動車を造ったんだから、これは、若い妾と子供を作ったのと、同じほど偉い。後でみんなと酒も呑みたかったから、中央線、横須賀線と電車を乗り継いで、はるばる新川崎まで出掛けて行く。
新川崎で酔っ払って転ばれでもしたら、迎えに行くのも遠くて大変だと思ったらしく、女房殿も付いてくる。
俺は中学の同級生と酒を呑むと、自慢じゃないが、五回に三回はよろけてスッ転ぶ。
しかし、人生にはこういう博士に訊いても分からないようなことが、無数にあるのだ。
俺には、自分が転ぶのと同じように、なぜ小池百合子が大臣になったり、原辰徳が巨人の監督になれるのか、不思議で堪らないのだ。
ウニの三十二センチもある尻尾は、何の為に付いているのか。誰でも、もし知っていたら教えてくれ。

他の爺いは三回も転べば、頭を打ったり骨折して大騒ぎになるが、俺サマは何度転んでも、顔や手足に掠り傷を負うぐらいで、ケロリとしている。
普通だったら、受け身の達人か、生きている起き上がり小法師と褒めそやされるのだろうが、周囲は妬み深い者ばかりだから、女房殿を筆頭に誰もこのことを褒めない。
前世が、実は達磨大師だったなんて、言っても嘘だと思われるだけだから、俺は言わない。
実物のエリカを見て、コースの走りを見て、たいていの物には驚きもなんにもしない、疑り深くて皮肉屋の爺さん連中が、みんな魂消た。仰天した。息を呑んだ。
吉田博一さんが、学生と造った電気自動車なんて、ブリキ細工か終戦直後のオオタかダットサンみたいな、ボテボテのガタピシしたチャチな物だろうと決め付けていたのが、当てが外れた。
二トン七百もある八輪の、スタイリッシュな大型高級車で、どことなくフォルムがシトローエンに似ている。
八百馬力で、イタリアのコースでポルシェを負かして、時速三百七十キロ出したと、吉田さんは胸を張る。
このエリカは、本当は“エリーカ”で、知り合いの外国人の奥さんの名前から取ったらしいのだが、俺は、吉田さんが沢尻エリカのファンだから、エリカと付けたのだとばかり思っていた。
女房殿は勧められて、研究所のコースを二周運転する。我が女房ながら、とても格好良かったのだが、もし買ってくれと言われたらと思った俺は、生きた心地もない。
この大型のリチウム・イオン電池で走る電気自動車は、開発費に二台で五億円かかったと、学生さんから俺は聞いていたからだ。
しかし、排ガスを出さず、使用エネルギーはガソリン車の四分の一で、自宅のコンセントで充電でき、一回五時間のフル充電で三百キロ走れるというのだから、凄い。夜間に充電すれば一キロ一円のローコストだ。
今はまだリチウム・イオン電池のコストが高いから、とてもいい値段だが、沢山造ればなんでも安くなる。数年後には商品化を考えているらしい。エネルギー問題や、環境保護の点からも、究極の次世代エコ・カーだ。
試乗会が終わって俺たちは、近所の蕎麦屋の座敷で盛大に一杯やる。集まった二十一人の爺さんは、感電の危険を冒して電気自動車に乗りに来たのではない。ほとんどが、終わってからの一杯を楽しみに集ったのだ。
しかし、“エリーカ”は凄い。そして、大学の研究室という制約の多いところで、学生さんたちを指揮して造った吉田博一さんも凄い。学生たちも凄いと、普段は口の悪い爺さんが心から褒めて、酔っ払ってしまう。
褒めながら呑む方が、けなしながら呑むより酔い心地がいい。
女房殿に支えられて、俺は転ばずに家まで帰った。
  

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