第72回 『飽食のパリ』

俺は本当に久し振りで、女房殿を連れてパリに行った。
ホームページには嘘を書かないと決めているので、本当のことを書くが、仕事や取材旅行で行ったのではない。
七十の誕生日を、何処でも好きな所でやろうと、普段は始末屋のワン・ステップ社の女社長さんが、気前よく言ってくれたから、気が変わらない間にと思った俺が素早く、「パリ」と叫んだのだ。

ワン・ステップ社は女房殿が、俺を管理するために十八年前に作った株式会社で、社長と俺だけの会社だから、社長がお使いに出ると俺が電話番になって、掛けて来た人を驚かすことになる。
この極端にささやかな、電話だって一本しかないワン・ステップ社だが、始めた時は悲惨だった。
バブルが弾けて俺が背負い込んだ借金が、富士銀行とオリックスにそれぞれ九桁づつあったんだ。とても作家なんかやってて、返済できる桁の金額ではない。
しかし、「どうにでもしやぁがれ」と、不貞腐れようとする俺を、女房殿は、「貴方はもうカタギなんだから、少しづつでも払わなければ駄目よ」なんて、まるでテレビドラマみたいに励ましたんだ。
そして、それからブティックにも行かず、新興宗教に入信してお布施も納めずに、女房殿は爪に火を灯すようにして過ごし、少しづつ返済し続けた。
女房殿がそうするんだから、これは渡世の義理みたいなことで、俺も贅沢は出来ない。礼服以外は全部吊るしで我慢し、妾も囲わず、銀座や新宿のクラブには行かずに、ランドローバーの中では一番安くて、エンジンが小さいディスカバリーに八年乗ったんだ。

俺は女房殿と一緒に住んで、かれこれ二十年近くなる。
女房殿はニンニクをパクパク食べるようになり、俺は勝負ゴトから遠ざかった。一緒に住むと、どんな個性派でも、相手に影響される。
俺は好きだからバクチ打ちになったのだが、自分で思っていたほどは博才がなかったらしく、借金返しにはそれが幸いした。
女房殿は社長だけど作家じゃないから、何でもそんなに表現豊かに説明なんかしない。
俺の古稀の祝いを、何処でも好きな所でやろうと言ったのは、「よく働いて、よく払ったから、借金はほぼ目途が付いた。七十の祝いだし何処でも好きな所に行って、支那料理でもイタリアンでも、何千カロリーでも飽食しなさい」と、言ってくれたのだと勝手に解釈した。
俺は十五年も、毎日二千カロリーと決められていたダイエットを、僅か九日間でも解除されると思って、ほとんど最高裁で無期に減刑された死刑囚のように、狂喜した。
嘘じゃないか。夢なら醒めないでくれと思ったのだから、我ながらいじけている。

[「フランスだ。パリだ。ニューベルキュイジーヌなんてバカな日本のオバさんに喰われちまえ!
俺はパリで、コッテリしたソースのフランス料理と、それに仔羊なんかじゃなくて、堅くて匂いのきついマトンを一度に五百グラムづつ食べる。
日本はマトンが喰えないし、何でも哀しい冗談だと思うくらい、ポーションが小さい。今回は飽食のパリだ。
フランセーズだ」と、俺は高らかに叫んだのだ。

そして、五月十一日にエールフランス機でパリに飛んだ。一泊ノルマンディーのモン・サン・ミッシェルに行っただけで、ずっとパリにいて、十九日に成田に帰った。
喰いに喰い、呑みに呑んだが、体重は二.五キロしか多くなっていない。こんなもん、三日ボクサーズダイエットをやれば、簡単に落とせるんだ。
でもフォアグラを食い過ぎて、実は痛風がヤバイ。

ま、しかし、とりあえずフランス万歳、ワン・ステップの社長万歳、マトンとフォアグラ万歳だ!
 


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