第70回 『ダイスK』

ダイスKこと松坂大輔が、メジャー初先発で七回を投げて、ソロホームランを一本打たれただけで、一勝目を挙げた。相手のロイヤルズが、弱いチームだったということを割り引いても、これは凄い。
ダイスKは、、まるで物怖じしなかった。
ランナーが出ても、相手のクリーンアップトリオが打席に入っても、初先発のダイスKは顔色ひとつ変えない。
百二十億円のプレッシャーを背負って力み返ると思うのに、ダイスKは涼しい顔をしている。
自分の技術に自信を持っているから、落ち着いていられるのだ。
俺は、最近の若い男に驚いている。

自分の技術を信じて落ち着き払っているのは、松坂だけではない。
岩村も、ヒットが出なくても焦らずに、ジャストミートしてタイムリーを打った。
メジャーへの道を切り開いた野茂の凄さは言うまでもないが、ピッチャーや野手はともかく、捕手としてメジャーに通用する日本人選手は、まだ当分出てこないだろうと思っていた俺の予想を、城島があっさり打ち砕いた。
青年には点が辛い俺が、プロ野球選手だけは手放しで誉める。  

昭和二十四年か五年だったが、サンフランシスコの3A、“シールズ”というチームが来日して、全日本チームと試合をした。今から六十年近く前の話で、その当時はアメリカ西海岸には、メジャー球団はなくて、サンフランシスコにも3Aしかなかったんだ。
神宮球場でやった試合を見に行って、俺は生まれて初めてコカコーラを飲んだ。
黒い水を飲んだのはそれが初めてで、妙に薬臭いアメリカの味だった。
全日本はサブマリンの武末が好投したけど、シールズの一塁手にソロホーマーを打たれて、一対ゼロで負けた。全日本は三塁手の山本(鶴岡)一人が、シングルヒットを二本打っただけだから、これでは勝てない。
その時、全日本のセンターを守った青田昇は、日本一のホームランヒッターだったけど、身長が百六十センチぐらいだった。
この試合を横綱前田山が見ていて、それに気が付いたシールズの選手が、グラウンドに呼び入れて記念写真を一緒に撮ったのだが、身体は横綱よりシールズの選手のほうが大きかったのだ。
同じ野球選手なのに日米の選手では、ほとんど大人と子供ほど違ったのだから、これでは誰が見ても試合にならない。
しかし、現代の日本人は、松坂を見ても松井秀を見ても、つくづく大きくなったと思う。
メジャーリーガーの中に入っても、大きいとは言わないが、それほど遜色はない。
これだけ大きくなれば、もう負けない。

今や日本人は、プロ野球選手に向いているんじゃないかと、俺は思っている。
少なくとも政治家よりは、ずっと向いている。
安倍晋三や松岡農水大臣を、アメリカの大統領や農務長官にしたと考えてみろ。
想像しただけで、恥ずかしくて堪らなくなる。
日本のプロ野球は、ウラ金問題が、又、明るみに出て右往左往している。
一場選手のスキャンダルの時に、三人もオーナー連中が辞めて、“倫理行動宣言”なんて発表して、二度としないと言ってたけど、俺はどうせ又やると思っていた。
世論に負けて、希望枠なんて怪しい制度はやっと撤廃したが、相変わらず自分たちの既得権や、身勝手な論理に終始している醜いオッサンたちを見せつけられて、ウンザリしたファンは多かっただろう。
巨人の開幕戦の視聴率が十三%だって別に驚かない。
今年はメジャーのグラウンドで、松坂がイチローに勝負し、松井秀に挑む。
長生きするとロクでもないことをたくさん見ることになるが、こんなワクワクするシーンも見せて貰えるんだから嬉しくなる。
最高の舞台を求めて新天地へ次々と飛び出していく若い男たちを見るのは、俺のような爺さんの楽しみだ。
力はあるのに、高い給料というぬるま湯に浸かって、メジャーに行く気もない選手は、俺は嫌いだ。
こんな連中が歳を取ると、政治家かオーナーになるんだと思う。
ああ嫌だ。

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