第67回 『クライスラー』

近所のオートバックスでタイヤを替え、買い物をする女房殿を荻窪の駅で降ろして、俺は独りでディスカバリーを運転して家に帰る。
去年の暮からずっと乗らなかったから、ディスカバリーはバッテリーがあがって、エンジンが掛からなかった。仕方がないから、今日、走り出す前にJAFに来てもらって、エンジンを掛けてもらったのだが、これだけ走っただけでは不安がある。
このまま帰って家の前に停めたら、次に乗った時、またスターターが回らないかも知れない。
音がうるさいディスカバリーだから、家の駐車スペースで、エンジンを回しっぱなしにして充電するのは、近所迷惑だ。俺もいい年のカタギだと、こんな時につくづく思う。
俺は青梅街道に車を停めて、回転を千五百まであげて十五分間、充電する。これで二〜三日は放っておいても、エンジンが掛かる程度にはセルモーターが、回ってくれるだろう。
しかし、こんなことは何の根拠もありはしないのだ。それに今の俺には、車に乗って時間通りに行かなければならない所なんか、特にない。
スターターが回らなければ、舌打ちして、タクシーを停めればいいし、地下鉄の駅まで歩けば安上がりだ。
時間通りに着かなければ、流れてしまう契約もないし、腹を立てる女もいない。
はっきり言えば、車はウニを載せて八ヶ岳を往復する為にだけ、持っている。車なしでは八ヶ岳で困るから、今日みたいにJAFを煩わせたり、わざわざ青梅街道で停めて充電したりして、ディスカバリーを維持し続けているのだ。  

しかし、今日は何とも言えず、恋でもしたように、ウキウキしている。
二十年以上前に、仕事で北海道に行った女を、その頃乗っていたキャデラックのエルドラド・コンバーティブルで、羽田に行って待っていたことがあった。
女の人が出て来るたびに、緊張し、ガッカリして、俺はいつまでも待ち続けた。
千五百回転で充電するディスカバリーの中で、二十年振りに俺はウキウキソワソワしていた。
今年の春、古稀を迎える俺が年甲斐もなく、ほとんど発情している。
これは一昨日、山口県の宇部空港で種子が捲かれて、ほんの三十分前にオートバックスで、スタッドレスタイヤに交換して貰った時、俺の心の中で花が咲いた。
俺たちは一昨日、空港のロビーに展示してあった、アイヴォリーのクライスラーを見て、そのクラッスィックでユニークなフォルムが気に入ったのだ。
女房は、車は安全で快適なら何でもいいと思っている女だから、こんなことは五年に一度ほどもない。フェラリでもポルシェでも、女房にはタダの車でしかない。
十五年ほど前に女房は、ブリティッシュ・レイスィンググリーンに塗ったモーガンを、映画で見て、溜息を漏らしたことがあった。
溜息はついたけど、瞳が輝いてはいなかったことを、俺はちゃんと覚えている。
四気筒か六気筒のクライスラーは、Vー8フルサイズのアメリカ車ではないから、形はユニークだけど値段は高くはない。洒落ているけど、正直に言ってアメリカでは、若奥さんが買い物に乗る車だ。
俺は二年ほど前から、このクライスラーに目を付けていた。タイヤを交換している間に、オートバックスの社員が、女房と俺にパソコンで、そのクライスラーの写真を出してくれた。カブリオレもオレンジ色のもある。
女房の目が久し振りに、一瞬だが輝いたのを俺は見逃さない。心が動いたんだ。

俺は女房を荻窪で降ろしてから、心が弾んでいる。
三十年も四十年も前に、よくこんな気持ちになったと、俺は思った。
俺も心が浮き立っているんだ。


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