第59回 『モンキービジネス』

久し振りで横浜に行った。
TBSの菊池とやらがプロデュースするボクシングが余りくだらないから、思い立って川嶋とメキシカンの世界スーパーフライ級・暫定王者決定戦(あぁ何て長くて面倒臭い言葉だ)を見に行くことにしたんだ。

渋谷から東横線に乗って、“みなとみらい”駅まで行く。俺は中学生の頃、東横線の妙蓮寺に住んでいたので、沿線の景色がとても懐かしい。
自由が丘に着くと、呑み屋の“金田”が思い出され、日吉に来ると当時は巨人の二軍にいたジャイアント馬場が、多摩川のグラウンドから来たのだろう、大きな身体でトコトコ走っていたのを思い出す。
しかし、どちらの駅も地下になっていたので、首を伸ばしても何も見えない。
俺は高校生の頃も、二年は日吉に通ったのだから、東横線には馴染みがある。けど沿線の様子はまるで変わってしまった。
どれも同じに見えるプレハブが、隙間なく立ち並んでいて、俺の女が住んでいた雨戸が付いていた木造の家は、目をこらしても見えない。あの親切で好色だった可愛い女も、もし元気なら、もう七十もなかばの筈だ。
変わらず流れていたのは、多摩川と鶴見川だけで、他は全て駅も家も、それに人まで変わってしまった。

これが、社会の進歩だろうが、六十九の俺にはまるで、何処か豊かだけど得体の知れない国に来てしまったような気がして、言葉が通じるか心配になる。
先日、立川に映画を見に行ってその変わり様に仰天したのだが、みなとみらい(なぜ、平仮名なんだ。日本人はいつからそんなバカになったのか)ではキョトキョトして、こんな姿は、滝川クリステルちゃんにだけは見られたくない。
誰がこんな凄いものを建てたんだ。何年でモトが取れるのだと、自分の懐と関係のないことを俺はしきりと心配する。暇なのだ。

横浜というと、最近、音信のない矢作俊彦を思い出す。
改築する以前のホテル・ニューグランドのバーでは、若いのに一番坐りのいいのが矢作俊彦だったけど、みなとみらいでもピッタリはまるのだろうか。
あ、ボクシングが終わったら、旨いドライマテニが呑みたいと、俺の喉仏が震えた。

横浜と、それに銀座で呑まなくなると、年寄りは肩が落ちて老いさらばえる。
昭和四十年代に、銀座のガストロでお見受けした石原慎太郎さんは、まだ肩も胸板も重力に逆らっておいでだから、きっと銀座か横浜で呑んでいらっしゃるんだろう。
オリンピックなんかより、俺はオリヴが二つ入ったドライマテニがいい。

川嶋はよくやったけど、若いメキシコの男に判定で負けた。
ボクシングも野球も勝ち負けが全てではない。
それを野卑で浅はかなテレビ屋共は知らないから、全てがおかしくなる。プロスポーツの存在理由は、旺盛な闘志とアマチュアには真似の出来ない技術で、観る者に感動を与えることだ。
俺の若い頃はプロボクシングを、何でもアリのモンキービジネスと言ったのだが、今は公共放送だと自称するテレビ局が、薄汚れたインチキ・モンキービジネスの総本山になっている。
この連中は、程度の低い視聴者に迎合して、愚かにデフォルメするのだから、どんないいものでもどんどん下らなくなってしまう。
テレビは、プロ野球もプロボクシングも、演劇と政治まで、全て昭和四十年代より惨めにしてしまった。

そんな日本の横浜で、俺は久し振りにタップリ満足した。川嶋もミハレスも有難う。
カワイ拳の河合さんと元フライ級世界チャンピオンの花形さんに、場内でお目に掛かった。
横浜に来ると、矢張り横浜の懐かしい方に会えるのだ。

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