第57回 『シャム猫もどき』


ウニという名の小さくて可愛い猫が、はるばる四国の松山から届いて、今はテレビのホラー映画を見ている。
画面で血まみれの女が、すさまじい顔で絶叫しても、ウニは少しも恐れずひるみもしないで、画面に左のフックを打つのだから、亀田より凄い。
ヒトの子供だったら、目をつむって震えている場面なのに、五月十日生まれで満三ヶ月のウニは、いたずらな顔をして画面にじゃれている。
おばあちゃんがシャム猫だからウニは八分の一だが、スリムで姿のいい身体はアイボリーの毛で覆われ、耳と鼻の先、それに両手両足の先っぽだけ焦げ茶色で、それだけ見れば血統書付きのシャム猫だ。
しかし、それが俺んとこの子らしい所なのだが、長い尻尾にクッキリ横縞が入っているのがおかしい。
ケージに入って松山から家に来て、そのまま外には一歩も出さずに今日で九日目だ。着いた日と次の日は、大声で啼き、飯も啼きながら食べていたのだが、それも二日でやめたのだから、気性のさっぱりしたいい子なのだ。

と、言えば聞こえはいいが、このくらいの仔猫はなんでもすぐ忘れる。松山のハニーという母親も、マロンという兄弟のことも二日で忘れたらしい。
いかし、ウニのことを俺は笑えない。もう五〜六年前から、ついこの間、見た映画の筋を忘れ、打ち合わせをしても翌日にはちゃんと、何を話したのか忘れている。
健忘症同士だから、俺との暮らしがウニの記憶の全てになるのだろう。
小学館の編集者、福本さんも柿崎画伯も、縞の尻尾を笑わないから、ウニも自分が珍妙な尻尾を付けていることを、引け目には思っていない。外に行かないウニは、家に来たヒトが嘲笑しなければ、自分の尻尾がちょと変だとは気が付かないだろう。
俺は、そう願っている。

猫と一緒に住むのは二十年振りだ。やっとオリックスのローンを払い終えて、旅から旅の生活も一段落つき、辛うじて猫が飼える暮らしにはなったのだが、犬はまだ飼えない。
猫が飼える暮らしと、犬が飼える暮らしでは、かなりの差がある。毎日、散歩に連れていかなければ、犬は可哀そうだが、猫は自分で勝手に運動してくれる。この差が大きい。
俺は猫が大好きだけど、犬も好きだ。出来ることなら馬も一頭、玄関の前に繋いでおきたいと思っている。

猫は役に立たない、玄関の履き物も揃えなければ電話番もしないと、知ったげに言うイモがいる。
なんでも言っていいものではない。バカなことを言うから、片山さつきも猪口大臣も、それに欽ちゃんもみんなに呆れられるんだ。
縞猫でも黒白ブチでも、ウニみたいなユニークなデザインの尻尾を付けたのでも、猫がいてくれると家の雰囲気が和む。ただ寝ているだけで、立って伸びをしただけで、家の中が穏やかになる。

狭い家で鼻面突き合わせていた夫婦が、自然に笑顔を取り戻す。
オイ、このイモ野郎ッ。これでもウニは役に立ってねぇって言うのか。


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