第56回 『チョーパン』


モアイに似たフランスのジダンが、ゲームの最中に、相手のイタリア選手に頭突きを喰らわしたのを見て、矢張りサッカーを子供の頃からやっていると、どんなに腹を立てても、ブン殴ったりはしないでチョーパンをやるんだなと、元喧嘩師の俺は変なところで感心した。

チョーパンと言っても、若い連中には何のことか分からないらしい。昭和四十一年生まれの小学館の担当編集者は、俺が長目の半ズボンのことを話題にしたと思ったらしい。
言葉が通じなければ、いくら綿密に打ち合わせても、よく売れる本なんかとても出来ない。
顔がいくら似ていても、言葉が通じなければ、ライス国務長官と南の島の人喰い人種の間で、会議や交渉なんて難しいことは、とても無理で出来ないに決まっている。
俺はアメリカの、大統領の次に偉い人が、冒険ダン吉に出て来る人喰い人種に似ているなんて、そんなことは言っていない。そう読めるのなら、それは読み方が悪いんじゃぁないか。とにかく、俺のせいじゃない。
丸い卵も切りよで四角っていうだろう。

俺は誤解を生むのを恐れて、若い編集者に一所懸命、説明する。
「チョーパンて言葉を、聞いたことがないのか?」
と訊いたら若い編集者は、怪訝な顔で首を横に振る。俺は同じ部屋にいた昭和二十九年生まれのウチの社長に、お前なら知っているだろうと、縋るような声を出す。
俺はパプアニューギニアの山奥で仕事をしているわけでもなければ、上戸彩ちゃんが老眼鏡をかけて台本を読んでいたり、老人ホームにいる滝川クリステル婆さんの慰問に、葉月里緒菜の孫が行ったりする時代にタイムスリップしちゃったわけでもない。
ちゃんとした日本語が、日本人同士で通じなくなったから、困った俺は、縋るような情けない声を出しているんだ。

矢張りその時、俺の仕事部屋で、イヤホーンでDVDの日本映画を見ていた昭和五十三年生まれの漫画家が、突然、一時停止ボタンを押して、「くわばら、くわばらと言って、首をすくめたのは、桑原って名前なんですか?」と、不審そうに言う。
この孫みたいな歳の漫画家は、俺と組んで連載をやっているのだが、時代設定が昭和三十年代なので、黒沢明や小津安二郎の映画を見て、当時の環境や生活習慣を知ってくれと俺は頼んでいる。
だからその日も、熱心に古い映画を見ていたのだ。停止された画面には、二人の初老の男が茶の間で雑談をしているシーンが映っている。
これには昭和二十九年生まれも昭和四十一年生まれも、「違う。人の苗字じゃない。薄気味の悪いことや恐ろしい時に、昔の人はクワバラ、クワバラって言ったんだ。」と叫んだ。

考えてみれば、もうこんな日本語は遣われなくなって久しい。
頭突きのことを朝鮮パンチ、チョーパンと言うのも通じなくなって、無料のことをロハと言う者も稀になった。
俺は昔、周りの人にナラズモノなんて呼ばれていたが、今は古い西部劇の仇役しか、そんなふうに呼ばれる者はいない。
易者もついこの前までは、ロクマとか八卦見なんて呼ばれていたんだ。

もう俺の言葉も文章も、今では通じる人が少なくなった。
俺の日本語で泣いたり笑ったりする方たちは、本当に有難い貴重な日本人なのだ。
 


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