第54回 『身体にいいんじゃねぇのか?』


西安に行って名物の餃子を飽食して以来、どんなに飯を軽めにしても、毎日ジリジリと太る。
毎朝、丸裸になって、家庭用としてはかなり精密そうで、上等なヘルスメーターに乗るのだが、五月二十七日現在で94.4キロもあるんだ。
昨日の夕飯代わりに、ブル&ベアーズというアイリッシュ・パブで、衣が実に旨くて、フライドポテトも皮付きのフィッシュアンドチップスを、旨い旨いと食べた。それと2パイントのギネスで止めておけばよかったのに、ピザとソーセージまで食べたんだから、御飯もパンも食べなくても、ダイエットにはなるわけがない。
毎朝、計るたびに、なんとも言えず不機嫌になるのだから、多分、俺は近日中に鬱病になる。もう、なっているのかもしれない。

89キロ台で、88キロを目指していたのは、ほんの三ヶ月前のことだ。
世界一いい女だと、俺が決めている内田有紀さんが、突然、嫁を止めて帰って来たから、俺のダイエットには弾みがついた。
内田有紀さんのお父さんは、六本木でバーをなさっていると、読者が教えてくれたから、87キロまで絞ったら俺は、赤い薔薇を三ダース持って、出掛けて行くと決めていたんだ。 それが絞れるどころか逆に、膨れ出したのだから堪らない。
毎日まるで、カナリヤか熱帯魚ぐらいしか食べないのに、どうしてこんなに際限なく、それも威勢良く一キロも一・五キロもボカッと太らずに、200グラムか300グラムづつ、隠微に卑怯に、小泉チルドレンみたいに増え続けるのか。
原因が分からない。

西安に行って兵馬俑を見て「この時代に中国に生まれなくてよかった。外敵を防ぐ万里の長城に比べて、これは全く無為無益な、壮大な無駄なのだ」と、俺が書いたのが中国政府の逆鱗に触れたのかと思ったのだがいくら簡単に死刑にして臓器を売って儲けるお国柄といっても、俺は膨らまされて破裂死させられるような大物じゃないだろう。
西安で食べ過ぎたあまり旨いとは言えない餃子が、今回の止め処がない肥満の引き金になったとも、それが中国政府の残酷で緩慢な処刑だとも俺は思わない。

思い当たるのは、ただひとつ。
二月二十一日でタバコを止めたことだ。
タバコを止めたから俺は、成田から西安間、約四時間のフライトを、集中して“ダ・ヴィンチ・コード”が読めたんだ。
確かにタバコを止めたメリットは、火事の心配が減った以外にも沢山ある。
これは内緒だけど、内田有紀さんも葉月里緒奈ちゃんも、タバコが嫌いなんだ。本当だ。俺は嘘とチョン髷はたまにしかユワない。
誰が、タバコは身体に悪いなんてガセを言いやがったんだ。コラ、猪口とかいう変な女大臣、お前さんが言い出したんじゃねぇのか。 
三ヶ月タバコを止めて、俺は、身体に悪いどころか、タバコが身体にとてもいいことを、自分がモルモットになってみて、初めて知ったんだ。
俺は身体にいいタバコを止めたから、破裂死するまで、コンパスで描けるようになるまで太る。肥満というのは病気なんだ。

タバコを吸っていれば、そんな病気には罹らずに、毎日機嫌よく過ごしていられただろう。
ああ、世の中は本当にウマク行かねぇ。
俺はヤケだ。ウツ病にならなかったら、絶対グレてやる。


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