第48回 『小学館漫画賞バンザイ!』

1月20日 金曜日  
俺は夕方の五時で三笠書房のゲラをチェックするのを止めて、ただひたすら福本さんからの電話を待っていた。  
福本さんは、俺が「週刊ヤングサンデー」で、この三年、連載している“RAINBOW 二舎六房の七人”の担当編集者をしてくれている朗らかで誠実な、非の打ちどころのないナイスボーイだが、いくら待っても電話はかかってこない。
仕方がないからテレビを点けて、大相撲を見る。俺が大嫌いな横綱が、安馬という痩せた小さいフライ級に負けた。

六時になったのに、福本さんからまだ電話はない。  
六時半になって、電話が鳴る。電話を取った女房殿が、緊張した声で応対して、次の瞬間、明らかに気の抜けた声を出す。  
読売新聞の徳島支社から、セクハラとも言えないようなことで徳島大学の教授が戒告処分を受けた件で、俺のコメントを求めて電話してきたのだ。
ナベツネが支配している読売新聞は、なんでもタイミングが悪過ぎる。  
それでも仕事だから、そんなことで教授を処罰した徳島大学は、本当に大学か?徳島小学校じゃないのか、とコメントする。  

七時になっても福本さんから電話は掛かってこない。
「福本さんから電話があったら、『安部はもう要らないと言ってます』と、そう言え」  
俺は女房殿に叫ぶ。  
六十八歳八ヶ月の亭主が、五十一歳十一ヶ月の女房に甘えてそんなことを言ってるんだ。  
いくら待ちくたびれても、ほとんど生まれて初めての賞が断れるわけがない。  

今日は小学館漫画賞の選考会なんだ。  
俺が柿崎正澄画伯とやっている“RAINBOW 二舎六房の七人”がノミネートされているから、イライラして福本さんの電話を待って、待って、待っている。  
駄目なのは分かっているが、電話だけは一刻も早く欲しい。  
小学館漫画賞には、去年もノミネートされて駄目だった。  
四十六歳で小説を書き始めた俺は、六十八歳になったこれまで、賞と名がつくものはデビューした年の“流行語大賞”と、それに書店がくれる“新風会賞”しか貰ったことがない。  
いくら書いても直木賞なんか、ノミネートされたこともないんだ。  
去年も駄目だったし、今年も駄目に決まってる。元ヤクザの前科モンは、当て馬には絶好だと、当人の俺自身が思っているんだ。  
僻んでいるんじゃぁない。デビューした時から文壇の連中は俺を、内心では隠微に拒絶している。
思い出せば報知新聞の秋保さんだけが、「なぜ安部譲二が直木賞のノミネートもされないのか」と、怒ってくれた。
もう二十年も前のことだ。  
天敵だった山口瞳氏も死んだのに、文壇のノムラサチヨ扱いは変わらない。
もうとっくに、十年も前から賞なんか諦めて、自分にはそんなもん縁が無いと決めている。
小学館漫画賞も次回から、当て馬にするのは失敬だから断ろうと、俺は思って顔を固くしていた。  
同じことを想っているのだろうが、まだ気を張り詰めて、福本さんの電話を待っている女房殿が痛々しくてならない。

「おい、酒にしよう」
痺れを切らした俺が、叫ぼうとした途端に、電話が鳴る。
電話を取った女房殿の顔に、紅が差す。

「ほんとですか、アリガトウ!」と言った声がうわずっている。  

やった。嬉しい。小学館漫画賞を俺は、俺たち夫婦は獲ったんだ。
当て馬ではなかったことが、俺は涙がこぼれるほど嬉しい。
初めて自分の仕事がまともに評価されたことが、嬉しくてたまらない。  
昭和三十年から続く五十一回の小学館漫画賞で、おそらく最年長の受賞だと福本さんは言う。  
万歳。思いがけず凄い御褒美をもらった。


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