第45回 『見掛け倒し』

11月15日  
俺はなぜか計るたびに身長が違う。  
背の低い連中は、思いっきり口を開けると1センチ高くなると教えてくれたのだが、子供の頃からスラリとしていたから、俺はそんないじましくてマンガチックなことはやったことがない。  
刑務所では入所したときに、身長も体重も、それに身体の傷跡から彫り物、大事な所にタマを入れてあるかまで、律儀な刑務官が、懲役がクシャミをしてもお構いなしで綿密に調べあげる。  
だから俺はずっと、疑いもなく176センチだと思っていた。  
しかし、昭和63年に、大学の聴講生の願書を作るために、病院で計って貰って仰天する。  
不機嫌だから尚更ブスな看護婦さんが、何度計り直しても、178センチだった。  
五十歳を過ぎて、2センチ背が伸びたことに俺は驚く。歳を取ったら萎むものだと思っていたら、逆に大きくなったのだから、誰も誉めてくれなくてもこれは凄い。  
それから機会があるごとに、また大きくなったかと、意欲的に計るのだが、決して178センチ以上になったことはない。  
しかし、最低で175センチ最高で177センチの間で、計るたびに違う。  
俺の背は他人様と違って、チンポコみたいに伸び縮みするらしい。  
体重はいくらダイエットに励み、万歩計をつけてトコトコトコトコ歩き回っても、今朝現在90.1キロある。  
今では極く普通の男だが、若い頃は大男だった。

日本人の体格は年々巨きくなっている。 
俺の父親世代、明治生まれの男たちは、五尺五寸(165センチ)で十七貫(62キロ)もあれば、目を見張られる立派な偉丈夫だった。
 だから刑務所には昭和三十年までは、確かに、十七貫五百匁のところに赤い線が引いてある秤があって、新入が載ってそのレッドラインを超すと、配られる麦飯の等級が一段階巨きくなったのだ。  
昭和四十一年に俺は、懲役で巨きな飯を喰ってやるべいと、未決監で散々食べて行ったのだが、尺間法の廃止と同時にその制度もなくなったようで、とてもガッカリしたことがある。  
こんな、当てが外れることを、昔の人は「当てごとと褌は向こうから外れる」なんて言った。  

そんな愚かなことは数限りなく経験した俺も、馬齢を重ねて六十八歳になった。  
もう今や、紛れも隠れもない爺いで、金を見せなければ若い女は振り向いてもくれない。  
年貢の納めどきで、バチが当たる前に静かに身を潜めるべきだと理屈では分かっているのだが、それでも、上戸彩 や滝川クリステルが振り向いてもくれないと、老人性の鬱病とヒステリーの発作が起きる。
「振り向いてもくれない上戸彩より、惚れてくれるノオノ元法務大臣」と、小堺一機の番組で俺が言ったのを聞いて、上戸彩 チャンの事務所がCDを三枚くれた。
哀れに想ってくれたと、分かっているから嬉しくはないが、忘年会で皆をノケぞらせてやろうと、「風をうけて」という歌を俺は密かに練習している。  

先日パーティーで丁度、七十歳だと仰るとてもチャーミングな婆様にお目にかかった。 
俺がふたつ年下の六十八歳だと申し上げたら、その素敵な婆様は、「あれ、そんな、まだ五十かと思っていたわ」と、年功もあってか、わざとらしくなく仰ってくださる。  
一瞬、俺は年甲斐もなく天まで高く舞い上がって、そして次の瞬間、地面に墜落して惨めにひしゃげた。  
嬉しいけど、買いかぶりだということが、俺には分かっている。  
176センチ90.1キロ、六十八歳四ヶ月の俺は、外見も内面も全て、骨の髄まで見掛け倒しなのだ。  
見掛け倒しなのは、歳を取れば取るほど哀しい。
誰も気が付いていなくても、俺自身がはっきり、どうしようもなく気が付いている。 
若い頃は切ったり撃ったりやっていたのに、今ではテレビに映る残虐な場面 を見るのが嫌なのだ。  
サスペンスやホラー映画もヒッチコックまでで、オーメンからは見ないことにしている。  
注射だってされるのも嫌だし、他人様がされているところを見るのも嫌だ。  
綺麗な少女が白血病で死んだりする映画なんか、たとえ滝川クリステルちゃんでも見るものか。  
昔のイメージが残っているから、皆、俺を大酒呑みだと決めているが、房錦関や吉葉山関と呑み比べをしたのなんか、遠い遥か昔のことで、今は四合呑めば転んで起き上がれない。  w
強面で豪放磊落を装ってはいても、それも実は見掛け倒しで今の俺は気が小さくて、細かいことが矢鱈、気になって仕方がない。  
だからこの頃、俺は思いきった悪口が言えなくなったし書けなくなった。  
「外れるのを怖れて買い目を増やすな」なんて書くけど、馬券の買い目が絞り切れない。 
もう喧嘩も戦争も、恋も金儲けもなにも出来ない爺いだと、上戸彩ちゃんと滝川クリステルちゃんだけには知られたくないんだ。  
読者と世間様にはうまく誤魔化して、本当の姿は悟らせない。  
そんな技術があるから、俺は筆一本でまだ喰っているんだ。 。 


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