第42回 『情状証人』


9月9日
心当たりの無い男から速達が来たので、なんだろうと開けてみたら、情状証人で出廷してくれないかと書いてあった。
五年前に亡くなった友人の息子だと書いてあったから、名前に覚えが無くても仕方がない。
時間を遣り繰りして俺は、被告が拘置されている警察署に行ってみた。
四十年前に確か一度、思い出したくないようなことで、行ったことがある警察署だが、これが本当に警察かと驚くほど立派な建物になっている。
入ると俺んちがスッポリ入るほど広いエントランスホールがあって、隅の受付にオバさんが二人、平べったい顔で坐っていた。
入って来た俺に、オバさんは二人共、身構えている。
訊けば、そんなことはないと言うだろうが、顔が身構えていた。銀行に行ってもこんな顔をされるから、俺は慣れている。
安心しろ、妊娠はさせねぇから……と、胸の内で呟きながら俺は二人の前に立って、
「捜査課に行きたいんだ。留置されているHのことで係りの刑事に会いたい」
と、言った。
オバさんは被告の名前を何度も訊き返し、罪名とそれに俺の名前まで訊く。
「留置されている被告人の名前はH、罪名は覚醒剤と窃盗で、俺の名前は安部直也」
と、俺は本名を名乗る。
こんな女を二人も受付に置いて、給料やボーナスを払い、サダム・フセインのオフィスのようなドでかい警察署を建てるのだから、警察は余程儲かるに違いないと俺は思った。
作家になって二十年、俺は警察に儲けさせていない。ザマミロ、もう俺はお客さんじゃねぇんだ。
出て来た警部補は二人のオバさんとはレヴェルが違う中年男で、今日は土曜日だから接見は出来ないと、わざわざ足を運んだ俺に気の毒そうに言ってくれる。
警察署とか刑務所に行くと、その途端にタイムスリップして、使う言葉が戦前に戻る。 
接見と警部補が言ったのは、面会のことだ。
「当人に情状証人は引き受けた。火曜日に裁判所に行くと伝えてください。安心するでしょうから」
と、俺が言ったら、人柄の良さそうな顔をほころばして、警部補は、「そうですか、先生が情状証人ですか」と言う。
「俺なんかを情状証人にするんだから、Hも余程、困ってるんだろうよ。けど本当に前科モンでいいのかな」
と、言って俺は苦笑した。
情状証人というのは弁護側の証人で、判事に寛大な処分をお願いするのが仕事だ。
俺が最後に頼んだのは、広告写真家協会の会長だった西宮正明さんだったけど、判事は横を向いて鼻をほじっているばかりで、ろくすっぽ聞かず、哀れな被告に五年の実刑を喰わせたと、三十年前のことを思い出していた。 俺に情状証人を頼んで来たHは、三十七歳で十年前にも一度、起訴されている。

いわゆるマッサラじゃない。
十年前は不法侵入と窃盗で、一年半の懲役に四年の執行猶予がついた。
その四年の執行猶予を見事に切ったのだし、0.4グラム持っていた覚醒剤は初犯だ。
裁判は検事と判事の情次第だ。
同じ有罪でも、執行猶予が付くのと付かないのでは、それこそベンガル虎と野良猫ほども違う。
全ては俺の証言の後で下される検事の求刑に掛かっている。
求刑が二年までだと、それは「執行猶予がついても検察は納得します」と、言うことで、しかし二年六月となれば「検察は実刑判決を期待します」という意思表示で、三年以上だと「検察は実刑判決でなければ不満です」と、なって、被告は助かりようがない。
これは俺の経験から言っていることだが、判決はほぼ求刑を聞けばわかるのだ。
他の文明先進国では起訴された被告の有罪判決は55〜60パーセントだが、日本では限りなく100パーセントに近いのだから、起訴されて被告になったら最後、まず助からない。

それは判事と検事が役人同士だからだ。
無罪判決を出せば、検事の出世に差し障るから、役人同士の判事はそんなことはしない。  翌週の火曜日に俺は地方裁判所に行った。
生まれて初めて、裁判に被告じゃなくて情状証人として出廷する。
カタギになって、作家になれなければ、こんな機会は無かったと思う。
若い被告が手錠・腰縄で、二人の警察官に連れられて法廷に入って、被告席に坐ると、黒い法衣を着た判事が一段高い席に坐る。
被告の手錠と腰縄が外されて、書記が「起立」と叫ぶと、検事も弁護人も、俺たちも皆
立って敬意を表するのだ。
まず検事が被告の犯罪事実を読み上げるのだが、マイクから遠過ぎるし、早口で声が小さいので、俺はこの検事は近鉄の車掌だったに違いないと思った。近鉄の車掌は、ほとんど何を唸っているのか、俺には聞き取れない。
それに比べて弁護人は、とてもが十回付くほど職務に忠実だった。
私選じゃない国選弁護人で、これだけ丁寧な仕事をするのは珍しい。
証人台に立った俺は、まず宣誓してから弁護人の質問に答える。被告の亡くなった父親との関係とか、被告の将来に関しての計画とか、そんなことだ。
驚いたことに判事が首を伸ばして、被告の父親は何をしていた人か、なんて訊いたのだが、こんな小さな事件の裁判では、こんなことは滅多にあるようなことではない。
判事も検事も、それに国選弁護人も結婚式の神主みたいに、無感動で機械的に進行するのが普通なのだ。

一所懸命なのは、哀れな被告人だけというのが当たり前なのに、Hは運のいい男だと俺は思った。
「被告の父親は、私と同年輩では日本で一番腕のいい小説家でした」
と、俺が言ったので判事は、ホウという顔をした。
弁護人の弁論が終わると、続いて検事の求刑になる。

「……懲役二年六月……」
懲役二年六月だけ聞こえた。チョウエキ、ニネンロクゲツだ。ニネンロッカゲツじゃない。
ここは特殊な日本語を遣うエリアなのだ。
判決公判は二週間後だが、俺は執行猶予が貰えればいいと思っている。
懲役に行って善くなった男なんて、滅多に居ないからだ。
 


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