第38回 『海砂の奇蹟』


6月6日  
昭和五十四年の秋に、漸く府中刑務所から転がり出た俺は、菊正宗の一升壜を提げて三井英照に礼を言いに行く。  
親分に破門され、一家離散し、死んだほうがいいという目に遭ったけど、三井英照が立てた卦と海砂のお蔭で、とにもかくにも命だけは失わずに、懲役を了えたのだから、これは丁重に礼を言わなければ、今度こそ、鱶か羆に足の先から喰われてしまうに違いないと俺は思ったからだ。  
ゴロツキが殺されるのは、カタギの税金と同じで、嫌だけど覚悟の上で仕方がないのだが、嬲り殺しにされるのと、それに魚や獣に喰われるのだけは考えただけで身の毛がよだつ。
人食い人種に釜茹でにされるのも、イスラム教徒に首を切られるのも俺は嫌だ。  
そんなことになりたくないから、俺は出所するとすぐに勝五郎という若い衆に一升瓶を持たせて、三井英照のところに礼を言いに行った。  
なぜ連れて行った若い衆の名前まで書くかというと、その時、勝五郎の奴が三井英照に怒鳴られたからだ。
ただ付いていっただけなら、わざわざ名前なんて書かない。  

「貴女のくれた砂のお蔭で、なんとか死なずに済んだらしいから、礼を言いに来た。どうも本当に有難う。俺は足を洗ってカタギになる」  
と、言ったら綺麗な大年増のロクマは、頬を染め、目を潤ませて喜んでくれた。  
そして、紫檀の机に大きな地図を広げると、長い物差しを慎重に当てて、卦を立ててくれる。
繰り返すが、昭和五十四年の秋のことだ。

「アナタ!貴方が昭和五十八年に迎える最後の大幸運を、確実に掴むために、今からすぐに千葉の鴨川へ行って、そこで二ヶ月過ごしなさい」  
地図から顔を起すと三井英照は、弾んだ声で言い放った。

「今から四年後に俺が掴む大幸運って何だ。裏庭から石油が噴き出すのか?それとも竹原はんが俺に惚れるのか?」  
と、俺がニコニコ柔和な顔で言ったら、

「貴方はわたしの立てた卦が当たったから、礼を言いに来たんでしょ。それなら素直にわたしの言うことを聞いて、すぐに千葉の鴨川に行って二ヶ月そこにいなさい」  

俺は地図を覗き込んで、鴨川のもっと先じゃ駄目かと、小さな声で言ったものだ。  
どんどん海の向こうまで真っ直ぐ、同じ方角に進めば、メキシコかアルゼンチンに当たるだろう。  
三井英照は意外なことを言われて、首を傾げたが、

「同じ方角だったらいいわ」  
と、言ったのを聞くと勝五郎が、

「親父さんッ。鴨川や南米まで行くこたぁないです。そのまま後ろにピョンと跳びなせぇ」
何のことだと、呆気に取られた三井英照と俺に、勝五郎は真っ赤になって、

「だって、そうでがんしょう。鴨川を越えてどんどん同じ方角に進んだら、間違いなく、ほら、今、親父さんが立ってるとこの、ほんの一歩後ろに来ます。ねッ。だから親父さん、慣れないとこに行くこたぁないんす」  
このロクマの占いは、まだ地球が丸くない、平べったい頃の術だと勝五郎が余計なことを呟いたから、美しい大年増は赤鬼になった。

「子分がみんな、こんな、こんなアホタレばかりだから、貴方は不運だったのよ」  
勝五郎の提案を無視した俺は、後ろに一歩ピョンとは跳ばずに、古い兄弟分の相原守を頼って千葉の鴨川に出かけたのだ。  
鴨川の丘の裏に泉があって、相原守は、

「この鴨川には温泉も出ない。それなのに江戸の昔から栄えたのは、お前みたいに方角を替えようとして大勢この街にやって来たからだ。しかし……」  
と、言って兄弟分はニヤリと笑う。

「それでも日本人は器用だから、ロクマが言ったように二ヶ月なんか居やしねぇ」
 あの丘の裏にある泉には、大きな柄杓と小さな柄杓が一つずつ置いてある。
大きなので一杯、泉の水を呑めば六日、小さいのなら一日、鴨川に居たことになると、誰も聞いていないのに声を潜めて教えてくれた。  
俺はとても素直に、大きな柄杓で十杯泉の水を呑んで、二日、鴨川に居ただけで東京に帰ったのだ。  
そして、それから丸四年。昭和五十八年の暮、初めての短編小説が講談社の雑誌に載る。
これが三井英照の言った“人生最後の大幸運”の始まりだった。

 三井英照の凄い易占術の話が長くなったので、もう一人のロクマ故泉宗章の玄妙にして神秘な仙術の話は、次回ではなく、またの機会にする。      


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