第29回 『舜ちゃん。さよなら』


1月17日
二日に中学の同級生、舜ちゃんが亡くなったと、同窓会の幹事をしている江波戸さんから電話があった。
新年早々なので、身内で密葬したのだという。 俺は暗澹とした。
電話を切って、「舜ちゃんが亡くなった」と女房殿に言った切り黙って、暫くは煙草も吸わなかった。

昭和三十一年、麻布高校卒業の約二百人は、とても仲がいい。
時間が有る人は、年に十八回も会うチャンスがあるんだ。
年に一度の忘年会か新年会、年に五回のゴルフとここまでは当たり前だが、十年ほど前から毎月一度、第二月曜日に、細谷さんの居酒屋に集まる「二月会」が出来た。
俺は年に二〜三回しか出られないが、毎月三十人ほど集まる。
ウチの女房殿は余りの仲の良さに焼餅を焼いたのか、「誰が見てもこの仲の良さは異常よ。他人様から見ればホモ爺様集団よ」なんて言う。
博士になった者も大金持ちになった者も、それに総理大臣になりおおした奴もいて、それに前科モンまで一人いるのだが、みんな少年の頃のままの付き合いで、東大から古河電工に進んだ舜ちゃんもその一人だった。
中学に入った昭和二十五年には二百五十人いた仲間が、亡くなったり音信が途絶えたりして、今では二百人ほどになっている。
中学が終わっても高校には上げてくれなかったので、俺は他の学校に行ったから同窓会の名簿には載っていなかったのを、幹事の江波戸さんや福田さんが尽力してくれて、十五年ほど前に名誉会員にしてくれたのだ。
カタギになり作家になりおおしたので、仲間の端に加えてもらったが、そうでなければ、そのまま俺は消えてしまっていたのに違いない。
僻むわけではないが、俺はこの二百人とは根本的に違う。
他の二百人は全員、最高学府に学んだ人たちで勿論、年金の受給者だ。
前科だってたとえ有っても選挙法の違反か道交法の違反ぐらいで、実刑判決を喰らって服役した男は一人もいない。
日本の経済急成長を懸命に支えた、それぞれ凄いカタギなのだ。
それだけで俺とは残念だが、全く違う。
だから皆、俺が足を洗って作家になりおおしたのは喜んでくれるが、それだけのことだ。
俺は仲間にしてくれただけで、とても感謝しているから、作品を評価してくれなんて無理は言わない。
しかし、亡くなった舜ちゃんは違った。
俺の書いた本をみんな買って読んでくれたし、部下のパーティーがあるたびに何十冊と買ってくれて、引き出物にしてくれたんだ。 こんなことは、俺という作家を評価して、自慢にしてくれたから出来たことだ。
恥を曝け出して作家になりおおした俺を、舜ちゃんは他人に誇らしげにする稀な勇気があったのだと思う。
俺は舜ちゃんが亡くなったのが、悲しくてならない。
無神論者はこんな時に孤独なのだ。月並みな悼む言葉が何も言えない。
俺はただ、「舜ちゃん。さよなら」と、舜ちゃんが教えてくれた「〆張り鶴」を呑みながら呟くのだ。
俺は永く無頼に過ごしちまったから、いくつになっても年金も貰えないし定年なんてものもない。
同い歳だけどまだ俺は当分くたばらない。いい物を書くんだ。

話は変わるが、俺が出演したNHKの「食彩浪漫」が放送される。

 1月23日(日) 午前11:30 〜11:50 (総合)
 1月25日(火) 午前 2:20 〜2:40  (総合)
 1月29日(土) ひる12:00 〜12:20 (教育)

俺が唯一自慢できるメニューで料理に挑戦する。何を創るかは、見てのお楽しみだ。


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