第28回 『明けましておめでとうございます』


正月元旦
皆様、明けましておめでとうございます。
今年もどうぞ宜しく、お願い申し上げます。

おせちの重箱を開けて、まず蒲鉾を出して冷や酒をお屠蘇がわりに呑む。
明けて俺は六十八になるのだが、年金も貰えないのにこうして人並みに正月がやれるのだから、幸運だとつくづく想う。
バチが当たって惨めにくたばっても当たり前なのに、俺は台風にも地震にも遭わず、金正日の手下に拉致もされず、とても幸せに過ごしている。
亡くなった「天中殺入門」の易占家、和泉宗章さんはしきりに幸運をいぶかった俺に、安部家の先祖は神に仕える神官だったから、その遺徳だと言ったことがある。
俺は所謂、偉い人の言うことは徹底して聴かないのだが、故和泉宗章さんの言ったことは、何でも黙って聴いた。
この男に限って、何を言っても信じると俺が決めていたのは、勿論、理由があるのだが、此処で書くのには長過ぎる。

とにかく2005年の正月元旦に、俺は改めてつくづく御先祖様の御遺徳を有難く想ったのだ。
神がかりでなきゃ俺の幸運は、説明が付かない。
張本人の俺が言うのだから、そうなんだ。
蒲鉾の次に重箱から伊達巻を出して肴にした俺は、正真正銘の爺いだ。
若い頃は、こんな甘いものを肴に酒を呑んでる年寄りを見ると、 「ケッ、なんて爺いだ。胸が悪くならぁ」 なんて喚いて、目を背けたもんだ。
今、俺は、そんな爺いになっている。
もう俺は、NHKの紅白歌合戦や民放局のバラエティー番組を、精神的に受け付けなくなっている。
見ているのが苦痛なのだ。

そう言えば十八年前に死んだ父は、日活の青春映画を拒絶していた。
ドリフや欽ちゃんも、父が笑って見ていたのを俺は思い出せない。
俺がナイナイやくりーむしちゅーを喜ばないのと、これは同じだと思う。
価値観は時代か、それとも個々の年齢で変化するらしい。

それにしても、現代日本の俳優たちは、老いも若きも男も女もみんな、上手くも素敵でも綺麗でもない。
出て来る俳優が素敵でなければ、どんな脚本でも監督でもいい舞台も映像も生まれないと、俺は知っている。

1月2日
二十年振りでシゲから年賀状を貰った。 女房殿が、「これが片目のシゲさんね」と、しきりに感心する。
昭和四十年代に俺の子分だったシゲは、今は立派なカタギになって、東北の温泉場で観光客相手に食堂をやっているのだが、たまに送ってくれる物がどれも物凄く旨い。
シゲの兄貴分だった勝五郎は、糖尿病の合併症で、ヨシユキはコケインのぶち過ぎで死んでしまったが、片目のシゲは渋太く生きている。
何時も元気で朗らかなシゲも、もう還暦はとっくに過ぎただろう。
しかし、まだ民放局のバラエティを見て笑い、NHKのヨン様を見て、片目から涙をこぼしているのなら大丈夫だ。
当分シゲはくたばらない。


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