第25回 『橋本龍太郎の孤独』


12月6日 月曜日
明後日から俺は済洲島に行くので、荷造りに忙しい。
六日居るのだから、電気髭剃り器を持っていかなければならないのだが、韓国のボルテージが分からなくて、ハタと手が止まる。
コンバーターをどこに納ったのか、そんなこと憶えているわけがないんだ。
常備薬も持って行かなくては、この歳だから、うっかりすると客死なんてことにもなりかねない。
主治医の大庭先生が処方してくださった薬の他に、コンタックとキャベジン、それにひばまたをスーツケースに入れないと、僕は六十七歳で韓国の土になってしまう。
ひばまたは知る人ぞ知る、凄い薬で、これをもし知らなかったら、僕は十年前に間違いなくくたばっていた。
爺様同士で酒を呑むと、必ずどの薬が効くかという話になって、仲のいい奴は自分が自慢した薬を「飲め」と言って宅配便で送ってくれる。
効くかどうか、ほんのチョッピリ送ってくれればいいものを、とにかくどれも自慢の秘薬だから、ケチな爺様でも馬が喰うほど送って来るから困る。
蟹の甲羅の丸薬や、鯖の目玉の裏にある油で造った肝油。フィリピンのなんやらいう葉っぱの茶に、ドクダミのエキス入りやトカゲが溺れ死んでいる酒といった体にいいというものを、友達の爺様は気前よく送ってくれるのだ。
親切を無にするわけには行かない。試しもせずに燃えるゴミで出すわけには行かない。
そんなことがもしバレたら、爺いになるまで続いたいい仲が、一瞬の内に崩壊してしまう。
この歳になると友達は、減りこそすれ増えないと知っているから貴重なのだ。
遂に女房殿は、秘薬を入れるためだけにイナバの物置を十年前に買った。

俺はどんな秘薬でも一応は試してみる。これは渡世の義理だと思っている。
十二〜三年前にひばまたを試して、俺は仰天した。
オットセイのチンポコの燻製は俺には効かなかったが、このノルウエーのヒバマタという海草から抽出した薬は、飲んだ途端にあらたかに効いたんだ。
これまで百以上も秘薬と称するものを試して、ハッキリ効いたのが二つある。
二十年前に週刊現代のイ・ギョンヨンが教えてくれた高麗人参と、それにこのノルウエーのひばまただ。
この二つを俺は、大庭先生のお薬と一緒に飲み続けている。

ひばまたのCMはこのくらいにして、荷造りに戻らないといけない。
六日の旅をウォーキングに穿くスニーカーまで入れて、何とか小さなスーツケースで納めようとするから苦労するんだ。
旅は荷物が少なければ少ないほど伸び伸び出来る。
もう六十七歳でしかもカタギだから、若い頃のように武器もサックも用意しないでいい。
カタギ?と思った途端に、また手が止まった。
歯医者の親玉に貰った一億円がバレて、窮地に立たされた橋本龍太郎が俺は心配だ。
橋本龍太郎との仲は、今、指を折って数えたら五十四年になる。
さっき言ったように、この歳になると友達は減りこそすれ、まず増えることはない。
他のカタギから見れば橋本は、歳にしては多すぎる毛にポマードをコテコテ塗った、怪しくて傲慢な爺いだろうが、俺にとっては友達なんだ。
それに、俺は昭和五十六年に足を洗ったけど、橋本はまだカタギじゃない。
橋本は覚えているかどうか訊いたことがないから分からないが、二十九歳の時点で俺は、 「中学の同期二百人の中で、俺とお前だけカタギじゃないんだ」 と、言ったことがある。
政治家は勿論、役者も相撲取りも芸者も皆、カタギでは務まらない。
国民栄誉賞をやったりして味噌もクソも一緒にするから、ややこしくなったり混乱するんだ。

もう一回、俺ははっきり言う。政治家はカタギじゃないんだ。
そんなことは日本だけのことじゃなくて、ケネディーもブッシュ親子も、それに金正日だってカタギでなんかあるものか。
カタギがしないことを、日常的にやるのがカタギじゃない人たちなのだ。
中学の同期が集まる居酒屋の壁に、橋本のと俺の色紙が二枚並べて貼ってあったのが、先週行ったら橋本のだけ外してあった。
その店の親爺は、酔っ払った客が絡むのを懸念したのか、橋本がカタギではないと改めて知ったかららしい。
俺はどうやらまだ辛うじてカタギ扱いだから、尻尾を出さないように気をつけないと、 オリックスのローンが払えなくなる。

さあ、作家の俺は仕事をしに済洲島に行く。
バクチをしに行くのでもなければ、女を買いに行くのでもない。


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