第25回 『エボ鯛と鰺の開き』


11月20日
小田急のロマンスカーに乗って、久し振りに箱根に行く。
泊まったホテルと、それに夕飯のことは何も書かないが、漫画家の峰岸信明さんと竹書房の鈴木編集長と一緒に呑んだ焼酎は、毎度のことながら、とてもが十回付くほど旨かったので、いいちこだっと書いておく。
いいちこはテレビのCMが嫌いだったので、これまでよほど何も他になければ呑むことはなかった焼酎だ。

俺はテレビCMに、他人より強烈に好き嫌いがある。
“マサニ、ガスデスネ”なんてCMにいたっては、何の宣伝をしているのか商品も知らない。
“マロニーチャン”は、たとえ蒼井そらチャンが寝酒の肴か朝飯のおかずに出してくれても、俺は多分、絶対に喰べるもんか。
シャープのテレビも、もし貰ってもすぐ売って現金に換えてしまう。
カメリアなんてダイヤを喜ぶ女なんか、俺は女房はおろか愛人にも妾にもしない。
好きなCMはほんの二つ三つで、嫌いなものばかり増えるから、それもあってテレビはNHKで我慢することが多くなった。
なぜ電通や博報堂は俺の大好きな女優やタレントを、テレビCMに使わないのか?
このままだと俺は、呑む酒も薬も無くなって、七十になる前に死んでしまう。
しかし、久し振りに呑んだいいちこは旨かった。

翌日、箱根湖畔ゴルフクラブでやったゴルフで、俺は見事にオネストジョンを獲る。
周囲に居る奴や読者も俺のことを大嘘つきだと思っていて、女房殿にいたっては失礼にも“瞬間自動嘘つき器”なんて言いやがるのだが、そんな嘘つきにオネストジョンなんか獲れるわけがないだろう。  
安部譲二なんていうのは世を忍ぶ仮の名で、親が付けた直也という立派な名前は、素直で正直な男になって欲しいと願ったからで、俺は六十七年掛けてその期待に応えた。
帰りは湯本の駅まで峰岸さんが御親切に送ってくださる。
“オールドボーイ”が映画化された峰岸さんは、これまで何度か仕事も酒もゴルフも御一緒したが、お人柄の素晴らしい方だ。
小説家には人柄のいいのは数えるほどしかいないが、漫画家は人柄が悪い方が珍しいのはなぜだろう。
峰岸さんが乗せてくださったのは、一番グレイドの高いトヨタのランドクルザーだ。 箱根の旧道を四十分下って、俺はつくづくトヨタが世界を征したわけを知る。
俺は湯本駅の構内の店で、オネストジョンの賞金で蒲鉾と、えぼ鯛と鰺の開きと烏賊の生干しを買った。
ショウケースにはいぼ鯛と書いてあったけど、誰が何と言っても、たとえ尊敬している丸谷才一先生がおっしゃっても、俺が好きなのはえぼ鯛でいぼ鯛なんかであるものか。


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