第19回 『ひやーッ凄いッ!』


8月15日
今日は十八年前の昭和六十一年に、俺の初めての単行本“塀の中の懲りない面 々”が、本屋さんの店頭に積まれた個人的な記念日だ。
愛読者がメールで祝ってくださる。姓は内緒だけど、「ひろみさん、憶えていてくださって、有難うございました」と、俺は心から厚く御礼を申し上げる。
こんな読者が居てくださるから、俺はくたばる迄パソコンの前に坐って、あれこれ書き続けるのだ。
一昨日から俺は、テレビでアテネのオリンピックを見詰めている。
余程急ぎの仕事でもあればともかく、オリンピックとMLBのワールドシリーズ、それに巨人が負けそうな日本シリーズは、テレビの前に座り込んでしまう。

開会式で聖火台が、点火した途端にムクムクと鎌首をもたげて、直立したのに俺は仰天した。
「見たか?あれは勃起だぞ。最近うつ向きっ放しの俺のモノも、先っちょに火をつければ、威勢よく天に聳え立つかもしれねぇ」と、その日のデスクだったデイリースポーツの岡本さんに、浅ましくも雄雄しく俺が吼えたら、ベテランの新聞記者は少しも騒がず、「究極のSMですね。火遊びして、おねしょなんかしないように……」と、呆れて呟いたのが可笑しくて哀しい。
ニュートンはリンゴが枝から落ちるのを見て、万有引力の法則を発見したし、俺はアテネの聖火台が勃起したのを見てバイアグラ代を節約したんだ。
岡本さんは、もう十五年も俺を担当してくれている素晴らしい男だが、発明がせいぜいで 発見は出来ない。
しかし今日の朝刊に、勃起という科学的な言葉は使わずに岡本さんは、実にうまくそそり立った聖火台を書いてくれる。
偉大な物理学者ポ・アンカレは、「発明は研究により発見は直感による」と、発見を賞賛しているんだ。

勃起した聖火台をマジマジと見てしまった、日本の女子チームは総崩れになったのだから、これはギリシャの謀略だったのに違いないと、世界でただ独り、安部譲二だけが思った。
グラウンドホッケーの選手はスティックを握る手が震え、バレーボールは巨きなボールに毛が生えて見えたから、思わず股をすぼめ、バスケットボールはゴールリングが小さく見えて試合にならなかった。
ソフトボールチームも、普段は練習で日に五百回も振っているバットが、緒戦のその日に限って幼稚園児用みたいに、細くて短く思えたようで、なんとノーヒットで涙を呑んだ。
俺を感動させたのは、女子サッカーチームだ。
聖火台を見る前はスエーデンに勝ったのに、見た途端にナイジェリアに負けたのだが、感動は勝ち負けに関係ない。
勝つと自動的に感動し、負けるとガッカリするのは、ナベツネとバカなテレビ屋の小僧共だけだ。
日本チームは九十分、凄いスタミナで走りまくった。 ナイジェリアに当たり負けもせず、最後までスピードも闘志もドロップしない。
こんなことは余程、苦しい練習を積まないと身につかないことだと俺は知っているから、それだけでウルウルしてしまうんだ。
感動は意外なところにある。俺は冬季大会でカーリングに感動し、シドニーではソフトボールに涙を流して、そして再び、林家ペーみたいな髪をした選手が活躍する女子サッカーに痺れた。
八月十五日は、いいことがある日だと、またもや俺は真理を発見したんだ。


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