第17回 『白衣の素敵な面々』


6月28日 月曜日 曇り。
67の爺イなので、年に1度、心臓の血管検査をしに榊原記念病院に行かなければならない。
これまで新宿にあった榊原記念病院が飛田給に移ったので、今年は京王線に乗って出掛けて行く。
いろいろ検査して血の巡りが思わしくなかったら、腿の動脈から1メートルもカテーテルを心臓まで差し込まれるのだ。
過去に2回も俺はこれをやられている。
最初の時、俺は、
「なんで、そんな1メートルも入れなきゃいけないんですか。 腿から刺さずに腋の下から刺せば、20センチで済むのに……」
と、不平を言ったら、維田先生は笑って、
「腿の血管は太いんです」
笑ったのは、俺がヤクザだったと知っているからに違いない。
切った、張った、ではなくて、切った、撃ったが商売だった爺イが、怖ろしそうに不平を言ったのが可笑しかったのだと思う。
小泉純一郎や田中真紀子でも、腿から心臓まで1メートルもズブズブ管を差し込まれると聞けば、聞いただけでほとんどこれは、アルカイダに首を切られるほど痛いと思う。
俺は聞いた途端に、腿より腋の下のほうが心臓に近いから、痛いのが5分の1になると思ったのだ。
この怖がり爺イと、笑ってはいけない。
こういうことを、創意工夫と言うんだ。こういう発想がなければ、アメリカ大陸も見付かってはいないし、それに飛行機だって飛んでなんかいるものか。
コロンブスは当時の人が、地球は端が崖のようになっていて海は滝のように、何千メートルも流れ落ちてしまうのだと、思っていたのに、いや、そんなことはない。どんどん西に航海を続ければ、グルリと回って必ずインドに着く。
そう言い放って、船を西に進めて遂に、インドだと信じていた西インド諸島に着いた。
ライト兄弟もコロンブスと似ている。 当時の人が、空を飛べるのは鳥と虫とそれに天使だけだと決めていたのを、ライト兄弟は、「いや、そんなことはない。人間だって飛べる」 と、頑張って遂に飛んだ。
常識や固定観念の世界に居れば、発明も発見も出来るもんか。
19世紀の偉大な物理学者ポ・アンカレは、「発明は研究により、発見は直感による」と、喝破したと俺は中学1年の時、物理の先生から伺ったんだ。
俺は心臓血管のカテーテル検査の、革命的な方法を発見しようとしたのに、残念にも僅かに腋の下の血管が腿のそれより細くて、コロンブスにもライト兄弟にもなれなかったのが口惜しい。
しかし、腿から心臓まで1メートルも、カテーテルを刺し込まれる検査は、考えただけで嫌だ。
痛そうで怖ろしい。

榊原記念病院と維田先生、それにカテーテル検査の話はまだまだ続く。
厚い本が1冊できるほどあるのだが、俺は山本夏彦の弟子だから出来るだけ短くする 。
師匠は、原稿用紙5枚あって、森羅万象書けないことはない、と言い放った方だ。


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