第15回 『俺はキングハメハメハ!』


今日はダービーだ。
「WEBゲンダイ」の馬券予想コラムが無くなったので、ついに俺の競馬予想の連載は無くなってしまった。
自分で言うのもなんだが、俺の予想は儲かったのに、肝腎の連載が無くなってしまったのはなぜだろう。
読者の中には、G-Tレースだけでもホームページでやれ、なんておっしゃってくださる方もいるのだが、いざやるとなれば、これで結構大変なのだ。
予想代も原稿料もいただかないのに、書く以上、年功を積んだ勝負人(しょうぶにん)としての意地もあるから、いい加減なことは出来ない。
先週のオークスでは、吉岡牧子が凄い記事を書いて俺を驚かした。
商売人の予想は、こうでなければいけない。
ちなみに吉岡牧子は、日本で一番賞金が安かった島根県益田競馬場のピカイチ・ジョッキーだった。
三百勝達成のパーティーで、俺がヘベレケになったのは、今から五・六年前だったと思う。
その頃はまだミスだった吉岡牧子は、バテて、直線でヨレたがる馬を、ちゃんとゴールに向かって真っ直ぐに走らせられる、腕のいい女流ジョッキーで、確か二年連続して「世界一の女流騎手」に輝いている。
先週のオークスで単勝一・二倍の一本被りの一番人気になったのは、武豊が鞍上のダンスインザムードだった。
三歳牝馬が初めて走る府中の二千四百メートルのレースで、いくらダンスインザムードが桜花賞も含めて四戦四勝、負け知らずの馬だと言ってもこれは被り過ぎだと俺は思った。
しかし、当日のスポーツ紙も専門紙も評論家と記者は、ダンスインザムード一色だったが、吉岡牧子だけ「直線のゴール前で、ステッキ(鞭のこと)が入ると、ダンスインザムードが尻尾を振るのが、一点だけ気にかかる。
直線最後の追い比べで嫌気が差したりしなければいいのだが……」と、懸念を漏らしていたのを、確かに俺は見ている。 過去四戦いずれも余裕を持って楽勝したダンスインザムードは、まだギリギリの苦しい勝利は経験していない。
競走馬は苦しくなると、耳をパタパタさせたり尻尾を振って、「騎手が鞭で叩くから仕方なく走るんだけど、苦しいよう、嫌だよう」と、泣き喚くのだ。
猫も犬も馬も、声だけで喋るのではない。髭も尻尾も全部使って喋る。
吉岡牧子は、このダンスインザムードの泣き声を見逃さなかったのだから、素晴らしいプロだ。
府中の日本一長い直線で武豊が追い出したダンスインザムード
は、初めて、「叩いても、もう駄目。あたしこれ以上は早くなんか走れないの」 と、乙女の涙をこぼして四着に泣いた。 俺は吉岡牧子の文章を見て、ヤマニンシュクルから穴を狙って月末の大事な一万円札を取られたのだが、軸馬を間違えなかったら、馬連の万馬券を三点目か四点目で当てていたのに違いない。
その頼りの吉岡牧子は今朝のデイリースポーツで 、北海道道営競馬から中央の三歳クラッシックに挑戦して、前走の皐月賞では十八頭の最外枠に入れられたのに、物ともせずに二着して見せたコスモバルクと、それにキングカメハメハの二頭の裏表が本線だと書いている。
キングカメハメハには何の異論もない俺だが、書けばとても長くなるので、「外厩のコスモバルクにダービーを勝たれたら他の調教師共は、飯の喰いあげになるから必死に阻止する筈で、あってもせいぜい二着まででとても勝つまではない」とだけ書いておく。
日本の競馬には、記者や評論家が書かない構造的な歪みが、どうしようも無く厳然とあるのだ。
こんなことは、政治や他の世界と同じで、日本のマスコミは何時でも本当のことは書かないし、喋らない。
情報源に俺が出きるのは、出版社系の週刊誌と「日刊ゲンダイ」それに、先週から吉岡牧子のデイリースポーツのコラムだけだ。
俺は考えあぐねた末にダービーを、馬連で12−17、12−4そしてコスモバルクの12−9と買った。俺は馬単でも五点以内に買い目を絞る。

今回の“あんぽんたんな日々”は、競馬に興味の無い方には御退屈だと思うが、これも俺の人生なのだ。
決して上等な趣味だと強弁するつもりはない。 博奕がしたいのなら花札かサイコロでやれ。
可哀相な馬を鞭で叩いて走らせるな……と、いうのが俺の持論だ。
仕事部屋にはテレビがないのは女房殿が、あると仕事をしないでアホタレた番組を見続けるからという理由で、買ってくれないからで俺は仕方なくここで、お茶の間にダービーを見に行く。
今、お茶の間から仕事部屋に戻った。 ダービーは俺の心配していたような、コスモバルクに勝たせまいとする調教師たちのインターフェアもなく、フェアに行われてキングカメハメハが勝って、ハイアーゲームが粘るところをハーツクライが差して12番、5番、17番で、馬連5-12 ¥2490になる。
コスモバルクはいいペースで好位をキープしたのだが、直線を向いて仕掛けが早過ぎた。
しかし、若い道営競馬の騎手を責めることは出来ない。 何時でも十万円とか二十万円のレースに騎乗している青年が、一億五千万円のダービーで一番人気になって、直線で前が開いたら、早目に仕掛けちゃっても当たり前なのだ。
ゴールしてからショボンとしていたけど、この若い騎手は、へこたれてはいけない。 いい経験をしたと思って気を取り直すことだ。
俺は十七年前に「極道の恩返し」という競馬本を、文芸春秋のネスコブックから出して、確か六十万部ほど売ったのだが、ある出版社から、その続篇を書く気はないかと言って来た。
秋はこれに没頭することになるかも知れない。


目次へ戻る