第14回 『インド洋の十日間 その2』


4月10〜20日
シンガポールを出港してマラッカ海峡を抜け、西へ向かって五日間走り続けるとモルジブに着く。
インド洋の真ん中に壱千もの小島が集まっているのがモルジブで、首都のあるマーレにパシフィックビーナスは錨をおろした。
この港には本船が接岸できる突堤はない。
漕ぎ寄せて来た小船で船客は、いろんなオプショナルツアーに楽しそうに出掛けて行く。
七十になっても八十になっても、旺盛な知的好奇心がある限り老い耄れじゃぁないと、この歳になった俺はつくづく思う。
俺は上陸すると岸で待ち構えていた客引きに案内されて、みやげ物屋に連れて行かれる。
この島の住人は顔つきで察するところ、インド系が多いのだが、俺は客引きとポン引き、それに物乞いが嫌いなのだ。
この観光だけが産業の孤島には、乞食こそ少ないが客引きは大勢いる。
こういう印象を最近では「ウザッタイ」と、言うのに違いない。
鄙び過ぎて、寂しくて貧しい商店街のみやげ物屋には、「竹中直人の店」とか「鶴太郎の店」なんて紙が貼ってある。
かってに名前を拝借したのに違いないのだが、日本人の観光客には効果があることを現地の商人は知っているのだ。
いっそ騙るのなら「高倉健の店」か、「吉永小百合の店」にすればいいと思うのだが、それでは畏れ多いとインド系の小アキンドは思ったらしい。

タコのカレーを喰べて、タコのTシャツを買う。
タコのカレーは不味くて高かったから、モルジブは景色が綺麗なだけで人気が悪い。
人気は「ニンキ」じゃなくて、「ジンキ」と発音する。
この頃では滅多に聞かれなくなった言葉だが、住んでいる人たちの質が悪い、芳しくないということだ。
以前、プロゴルファーの田原紘さんに、モルジブのゴルフ場が素晴らしいとうかがったことがあったのだが、ゴルフ場にはナイスな現地人がいるのだろう。
だいたいビヤホールもバーも、それに居酒屋も無い街なんて俺に我慢できるわけがない。

パシフィックビーナス号は早朝に入港して、その日の夜、ドバイに向けて出港した。
日本航空の機内で買った森伊蔵を、オンザロックスで呑む。この薩摩の焼酎は、呑む度につくづく旨い。

それから五日、めでたくパシフィックビーナスはアラブ首長国連邦のドバイに着いた。
ビーナスはヴィーナスで、ドバイはデュバイかドュバイなのだろうが、面倒臭いからビーナスとドバイに統一すると俺は決めている。
船長やオフィサーに御挨拶して、俺たちは下船してタクシーでホテルに向かう。
運転手は日本語が分からないので、俺は女房に、「ホテルでも銀行でもいたる所にオッサンの大きな絵や写 真が、立派な額に入れて掛けてあるけど、どんなに可笑しくても指を差して笑ったりしてはいけない。そのプロレスラーや映画に出て来るアラビヤの盗賊みたいなオッサンは、この国の王様か王子様なのだ。嘲笑したりすると、若くて綺麗な娘だと後宮に入れられるだけで済むんだが、オバさんや婆様だと首を刎ねられちゃう」と、四十年前の記憶を思い出して教えてあげた。

あれは昭和三十七年頃だったが、日本航空で南廻りヨーロッパ線を飛ばすことになって、乗り組みに配られたインストラクションに、「アラビヤエリアで着陸した飛行場等で、掲げてあった肖像写 真・絵画等を指でポイントして笑ってはならない。トランスメデテリアン航空のスチュワデスが三人、それをやって空港で逮捕され、フランスのドゴール大統領の抗議も空しく、一番若いスチュワデスはハーレムに入れられ、歳取った二人は首を切られた」と、あったのを見て俺は仰天した覚えがある。
女房はうるさいけど、指を差して笑っただけで殺されたのでは可哀相すぎる。
よく教えておいたから、ホテルの壁にも王様や王子様の大きな額が掲げてあったけど、俺たちは無事に部屋まで辿り着いたのだ。
そして、すぐホテルの中にあるレストランに行って、ハイネッケンを呑む。
ドバイで酒が呑めるのは、ホテルの中だけなのだ。

俺は禁煙は出きるけど、イスラム教徒にはなれない。
酒を呑んじゃ駄目とか豚や牛を喰べるなという教義は、俺にはほとんど日本の法律と一緒だ。
守れて二週間で、それ以上やるのには無理がある。

俺たち夫婦はドバイの三日間を、とても精力的に過ごした。
四輪駆動車で赤い砂漠を駆け回り、水煙管を吸わせ羊の焼肉を喰わせてベリーダンスを見せるツアーに行ったし、博物館やゴールドスーク(金製品市場)にも行った。
こんなことは生まれて初めてだと、女房が言う。
ドバイの男は狡猾ではない。こんなアラブは初めて見た。
石油が出るからなのか、それとも政治がいいのか?
サファリツアーで遣っていた四輪駆動車は、一台のレンジローヴァーを除いて、他の四・五十台は全部トヨタのランドクルーザーだった。
この乾き切った赤い細かい砂の砂漠で、連日ハードな走行を繰り返しているのだから、トヨタは凄い。

イスラム教のお祈りの時間になると、十数人いたドライヴァーの中で独りだけ、砂漠に一畳ほどの敷物を広げて膝まづいて、額をつける。
皆でしないのはナゼだと俺が他のドライヴァーに訊いたら、バツがわるそうに「今日はあの男の番だ」と、訛りの強い英語で言った。
どうもテレビで見たのとは違って、この人たちはとても日本人的に折り合いがついているらしい。
土地の男がナイスだったので、ドバイの印象はとても良かった。

驚いたことに、ドバイ〜関空は週七便、毎日飛んでいる。九時間半かかって俺たちは、関空に着いた。


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