第7回 『ナマケモノは時速百八十メートル』

正月元旦
女房殿は鶏を喰べないから、毎年、合鴨の雑煮だ。
俺は雑煮が好きだから正月だけじゃなくて、何時でも喰べたいのだが、何故か女房殿は正月だけしか作らない。
雑煮と、それに栗きんとんが正月しか喰べられないのが、俺には不満だ。
喰べさせてくれない女房殿は、俺が好きな栗きんとんは値段の安い、ということは上等ではない水飴が沢山入った奴だと言う。
それって、正月から馬鹿にしてるのか?

バブルが弾けっぱなしで、それに俺も爺いになったから、妾も愛人チャンもいない。
だから黙々と家のおせちの、これが上等だと女房殿が言う水飴のあまり入っていない栗きんとんを喰べる。
お屠蘇代わりにビールを一杯と高清水を常温で二合だけやる。
しかし、日本酒は旨い。
三年ほど前に、酒はほろ酔いでやめる、へべれけになるまでは呑まないと決めて、決めた通 り実行している。
だから、この三年、酔っ払って二階から落ちたりしないのだ。
2000年には自慢じゃないが、二回、二階から階段を転げ落ちて非道い目に遭っている。
今年の正月は三が日、何処へも行かないと決めてDVDの映画を見て本を読み、“智謀の系譜”を手直しすると暮れの内にチャント決めたのだ。
俺は若い頃は何でも、決めた通りには何故か行かなかったのだが、還暦を過ぎて変わった。 何でもほとんど計画した通りに進行するのが、気分がいいけど、薄気味も悪い。
今年は一所懸命、小説を書くと決めている。

この五〜六年、物事がほぼ決めた通り進行するようになったのは、ちょっと恥ずかしいけど実はわけがある。
俺は六十歳になるまで、実は何も考えずに野良猫かハイエナ、そうでもなければ極楽鳥かトンボみたいに、反射的・衝動的に生きて来たが、その結果 、小説家にはなりおおしたが懲役にも行ったし、嫌なことも思い出したくないほど沢山あった。
数年前、還暦を迎えた時、俺は、どうもこれまでのやり方は、嬉しいのと嫌なことのバランスが悪いと気がついたのだから、これはほとんど尊敬するライト兄弟とコロンブス並の英知と勇気なのに違いない。
それ以来これで六年半、何でもちょっと考えてから決断することにしているので、嫌なこと不快なことの起こる率は、驚異的に低下した。
今年もこのコースを進み続けると、俺は決めている。
なぜ、小学生、いやせめて中学生の時から、ほんのちょっとだけ考えなかったのか、悔やまれてならない。
中学の頃から今みたいにやっていれば、橋本龍太郎さんは今頃、俺の官房長官をしているだろうし、おすぎはウチの女中、葉月里緒菜は妾になって皆、幸せになっている。
六十で気がついたのは、ナマケモノのスピードで、遅過ぎる。 ナマケモノは時速百八十メートルなのだ。


一月二日
DVDで“シカゴ”を見る。
テレビでジャック・レモンとC・スコットの“十二人の怒れる男”を見る。
感動した。俳優の上手さに改めてビックリする。
この二本に比べて、どれが詰まらないとか、誰が下手クソだと言いだすと五時間でも書くことになってしまう。
ケナスと酒が不味くなるし、感動すると旨くなるのを俺は知っているから、何も言わずに蒲鉾で旨い爛漫を呑む。
爛漫は慶応高校の同級生だった京野さんが社長で、暮れに毎年届けてくれる。
誰か口の減らない 酔っ払いが「灘の酒よりタダの酒」と、喚いたのを聞いたことがあるが、俺じゃない。
俺はそんな浅ましいことと丸髷は、ユッタことがない。


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