第6回 『あんぽんたんな歳の暮』

12月27日  
女房殿が宛名と住所を書いてくれた年賀状に、俺が何か一言書くのだが、何も書かないのも随分ある。 俺より年上の方は、もうほんのチラホラだ。
三遊亭小円歌さんとプロゴルファーの白戸由香さん宛てのが出てきて、俺はドキドキする。  
年賀状が終わったら暮れから正月五日まで、わき目もふらずに「智謀の系譜」を書くと、固く決めている。 大掃除なんかしない。

夜、NHK総合テレビの“映像の世紀”を、酒も呑まずにただ息を詰めてジッと見続ける。  
画面には、これがこの世の地獄だという映像が、これでもかと際限なく続く。
 第一次世界大戦で、砲撃に怯えた兵士が神経障害を発症して、病室を転げ回る。
塹壕に溜まった水に顔を浸して動かない兵士。
ヒットラーとムッソリーニに熱狂する人々、白い馬で整列した兵士の前を行く昭和天皇。
俺は、間違いなくこの時代に生きた。  
ファシスト少年団の制服を着た写真もあるし、ジョビネッツァーってムッソリーニの歌だって歌詞は忘れたが、今では聞かれなくなったメロディーも、俺はちゃんと覚えている。  

しかし、なんと人間は愚かなのだ。  
ただのバカではなくて、いびつなバカだから救いがない。  
ただのバカなら戦車や機関銃、それにナパーム弾や原子爆弾は造れないのに、人間の頭はいびつだからそんな物まで創ってしまう。  
何回、この世の地獄を経験しても、学習もしなければ懲りもしないで、同じことを繰り返す。  
人間は皆、ヒットラーやラムズフェルドでも、懲りずに何度でも刑務所に出入りする懲役太郎と同じなのだ。 懲役よりずっと悪いのは、アルカイダと偉い白人が共に、正義や神の名をみだりにとなえることだ。こんな悲惨な戦争を繰り返して、それでもまだ神を信じる人が居るのに、俺はただ目を瞑って頭を横に振る。  

ユダヤ教の神は、強制収容所には居なかったと言うのか。
キリストも仏様も、広島と長崎は御存知なかったのか。  

誰が小理屈を捏ねようが、神様なんか居るものか。もし居るとすれば皆が信じている全知全能の慈愛に満ち溢れた神じゃあなくて、冷酷なサディストの権化のような外道に決まっている。
NHKのフィルムで見る限り、トーマス・マンもバーナード・ショーもその時代の人たちを救えず、ガンジーも結局、無力だった。  
広島・長崎、それに硫黄島の後も、朝鮮戦争、ベトナム戦争、湾岸戦争にアフガン、イラクと悲惨が繰り返すのだから、勿論俺も含めて、人間はいびつな愚か者なのだ。
来年は小泉に命じられて、自衛隊がイラクに行く。  
自民党と公明党に前回の衆院選で投票した奴等は、悲惨な戦争が大好きなゴロツキなのだ。 俺は臆病な老い耄れだから仕方なく酒を呑むのだが、 女房殿は心配そうにしている。  
悪酔いするに違いないと、多年の経験で分かっているらしい。


12月28日
年賀状を郵便局まで持って行って、夜の八時半に町内の酒屋さんに集まって「火の用心」をやる。  
俺は何もせずにのそのそ歩いただけだったが、終わって酒屋の親爺が久米島の焼酎を呑ませてくれた。 お婆ちゃんがお鍋に団子汁を持って来てくれる。町内のお寿司屋から大きな桶に海苔巻きと、お稲荷さんが届く。  
家に帰っても「智謀の系譜」はやれずに、韓国焼酎を呑む。


12月29日  
今日も町内の「火の用心」に参加する。  
夜中にジャック・レモンとC・スコットの「十二人の怒れる男」を見た。  
ヘンリー・フォンダのも凄かったが、このリメイクも俳優が皆うまい。  
アテレコの声優たちも、キマリのわざとらしい声を出さなかったのが素晴らしいと、俺は日本語版のプロデューサーを誉めちぎる。


12月30日  
今日から正月の五日まで、酒も呑まず映画も見ず「智謀の系譜」に没頭する。  
ホームページを見て下さる皆様に、「どうぞ良いお年を……」と、申し上げる。 


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