第1回 『自転車の女は、親のカタキを捜しているのか?』
10月12日(日)  
ジーンズのオーヴァーオールの下に、夏のTシャツだと、寒くてクシャミが出そうだから、オレンジ色の長袖のポロシャツを下に着込んだ。  
午後2時頃、荻窪の“鳥もと”にビールを呑みに行く。  
それにしても、なぜ、荻窪と阿佐ヶ谷には、俺の好きなビヤホールが無いんだ。  
住んでみて分かったことは、杉並の自転車に乗った女にはいい女が、一人も居ないということだ。  
どれもこれも険しい顔でペダルを漕いでいる。  
ニコニコは出来ないだろうが、せめて平和な顔をしたらどうだ。  
この辺りで自転車に乗っている女は、うんと若いの以外は皆、小泉内閣の女大臣みたいな険悪な顔をしている。
 
この日記は自分の為より、俺のホームページを開いてくれた 読者に書いているのだから、俺がなぜ女と書いて、女性と書かないか、この際はっきりしておかなければいけない。  
俺は、男性・女性それに食事といった言葉を、喋らないし書かないんだ。  
余程どうしてもそんな言葉を遣わなくてはならない時だけ、やむを得ず遣うことがあるだけで、そんなことは年に二回も無い。  
女性・男性それに食事なんて言葉は、医者か役人の遣う言葉だ。  
何が悲しくて病院や国会で聞いたり見たりする無味乾燥な言葉を、自由人が遣わなくちゃいけないのか。  
蒼井そらチャン(今現在、間違いなく日本一のヘアヌードアイドル)も葉月里緒菜(安部譲二認定の世界一色ッポイ女優)も、女性なんて言う奴は、芳しくて妖しいアソコを膣とか産道って言うオタンコナスに決まってる。
食事、食事と連発する奴を、俺は旨いものを知らない心の貧しい奴だと思う。  
食事というのは、糧食か餌だ。  
兵 隊か懲役が喰べるのが食事だと、俺は決めている。  
朝御飯・昼御飯・夕御飯って言葉があるのに、皆なぜこんな、聞いただけで食欲が無くなるショクジなんてことを、バカな九官鳥みたいに言ったり書いたりするんだ。  
テレビに出て来た女流小説家も、なんの躊躇いも無く、“女性”と“食事”を短い間に何十回も言ったのに、俺はただただ呆れ果 てる。姿も樽か臼みたいで、器量もほとんど“歳を経た河馬”だった。

ヤクルトが残り三試合を三連勝すると、俺 の大嫌いなナベツネは気が狂うか、名前が変わる。  
読売ジャイアンツは四位になって、来シーズンの開幕ゲームがエアドームで出来なくなるんだ。  
ヤクルト頑張れ!
(読者に注釈。名前がそれまでの渡辺恒雄から、お気の毒にも戒名に変わってしまうということ。つまり仏様になるってこと)

 明日は京都に行く

目次へ戻る